第2話 氾濫

 ドアを開けると、保安担当のキリスが最近来たばかりの長身族の保安員二人を従えて立っていた。キリスは矮賢族ヒュムにしては大柄で、腰には使い込まれた金属のバトンを下げている。それが人を撲殺できるくらい固くて重いことと、彼が嗜虐性の高い元略奪者であることを知っていたので、エリはあまり刺激したくなかった。後ろの二人も修羅場を何度もくぐった面構えである。争いになったらエリが魔法で一人無力化してる間に残りが彼女を簡単に片づけてしまうだろう。

「あら、保安主任。何か御用でしょうか」

 本当は邪魔されて文句を言いたかったのをぐっと我慢して用件をきくくらいの理性を維持することにした。

「来てくれ。全員集まってもらってる」

 キリスの返事に彼らしい嗜虐性はかけらもなかった。何か緊急事態が起こってるに違いない。彼女はうなずいた。

「火の始末とかするから少しだけ待って」

 いいから来いと言われるかと思ったがそうはならなかった。もしかすると、二度とここに戻ってこれないかもしれないと彼女は直感するものがあった。

 灯りを落とし、コンロの火種を消してエリは急いだ。

 調査隊の全員、二十人ほどが集まったのは廃都の外の駐屯地だった。丸太を縦に並べた塀で囲まれ、大き目の倉庫二軒、宿舎、厨房を備えたちょっとした村だが、その広場に矮賢族ヒュムを主とした全員が集まっていた。

「悪い知らせです」

 そろったのを見て現調査隊長のコーラー女史が声を発した。年配の矮賢族の女性学者である。

「西へ約二十キロのところにある死都市ネクロスクが溢れました」

 何人かの矮賢族は反応したが、他の若い矮賢族や長身族は何のことかわからないという顔をした。

死都市ネクロスクは核を奪われた廃都市ダンクです。ただ荒れ果てていくだけの廃墟と思ってる人が多いと思いますが、どの死都市ネクロスクも膠灰を塗って厳重に封印されているのには理由があります」

「マテリアル暴走? 」

 誰かが自信なさそうに言った。エリも同感だったが、しゃしゃりでることはしないようにしている。調査隊の面々は偏見とはかなり縁が薄いがないわけじゃない。

「ええ、誰かが死んだ時、資格のある司祭がマテリアル解放のべおくりの儀式をするのは知ってるわね? あれをしなければどうなるか」

「マテリアルの復元機能のせいで、理性のないアンデッドになりますね。でも、核を失った死都市ネクロスクであふれるって何がですか? アンデッドのもとになる生き物はふえませんよ」

「理由はいろいろありますが、増えることもあります。死都市ネクロスクは時々中をあらためてそういうことがあれば間引いてマテリアル解放のべおくりを行いますが、今回のものはどこも管理していないものでした。存在そのものも忘れ去られていたようです。這い出てきたのは中型魔獣が多い。たぶん製造ラインだけが生き残って稼働し続けた結果でしょう」

 核を奪えば人々の関心は廃都市ダンクから離れる。そういう禍根を念入りに探して対策をうつようなことは徹底的には行われていなかった。

 女史は全員が状況を理解するまで根気よく説明をした。そしてこう宣言した。

「ここの廃都市ダンクは一旦放棄します。研究員は涼陰津サザンコールドハーバーへの避難が認められました。護衛、人足は一時金を渡して一旦解雇とします」

 まって、とエリはあせった。

 彼女は研究員だ。だが、都市にはいることは認められない。どうすればいいのか。

 一人立ちすくんでいると、コーラー女史がやってきた。

「エリ・カン研究員。すまないけど君は一緒につれていけない。君については契約が違うから他の長身族のようにあつかうこともできない。費用はなんとかするから、どこかの集落カストラスクで現場復帰までまってもらえまいか」

「見通し、どれくらいの待機になりますか? 」

「三か月みておいてくれ。たぶんそれくらいまでには戻ってこれる」

 エリはすばやく計算した。うん、三か月ならなんとかなる。

「それなら、私だけここに残ります。今ある食糧を節約すれば十分足りるはずです。その間、ゆっくり研究を進めますよ」

「いや、しかし」

 女史は危険だといいたそうだった。だが、エリが集落カストラスクを嫌がる理由は彼女も知っていた。

「わかった、捨てていくようで心苦しいかぎりだけど気をつけてね。また会おう」

 こうしてエリは一人この廃都市に残ることになった。

 彼女には計算があった。集落カストラスクはそれほど守りは固くない。もし、あふれたアンデッドに襲撃されたら無事に逃げられるとは限らないだろう。長身人の彼女におこる不愉快なことはいくらでも予想できるのに、その上危険なら、ここのほうがまだ安全だ。少なくともごく少人数でしのぐにはよい。調査隊が引き上げるのも補給が受けられなければ十日もこもれないからであるが、二十人分を一人で消費するなら十分だ。

 むしろずっと入り浸ってることができるし、とがめるものもいないのだから彼女にはやりたいことがあった。

 一つは知恵の魔神と話すこと、もう一つはこの廃都市でできることをさぐること。

 この廃都市が略奪の対象とされず、学者を送り込んでの調査になっているのにはいくつか理由がある。この廃都市は他とは少し違うのだ。

 廃都市はなんらかの理由で住民がいなくなった都市だが、ここはそもそも住人のいた気配はない。だから人間が潜り込んでいけるような通路の類がない。奥はずっと深いはずなのに、ドームの下の一階層までしか入れない構造になっているのだ。

 そして、魔神を守る魔物が異常に強い。二体の犬のようなアイアンゴーレムで、人間の振り回す武器では傷一つつかず、その爪の重い一撃だけではなく、まっすぐ貫くようなブレスで撃ち抜いてくる。奥に侵入する道がなく、元々あったものを何か奪っていこうとすると、小型のアイアンゴーレムが何種類も壁の隠しからぞろぞろ出てくるので略奪者たちは犠牲を重ねるばかり。そのままアンデッドになった彼らは外に放り出され、被害が出るようになったものだから涼陰津の当局はここを直接管理とし略奪者たちの自由な立ち入りを禁止した。調査団が送られたのは、かといって放置するわけにもいかなかったからだ。

「本当に残るのか」

 宿営地の荷物を運び出すもの、廃都市に運び込んで保管するものにわけて運んでいると警備主任のキリスにそう聞かれた。

「ええ、わたし、都市にはいれないし、集落にも居場所がないから」

 キリスは「そうか」と言った。他の長身族は彼女に声もかけなかった。研究職扱いで待遇の違う彼女はあまり好かれてないようだった。

「では、最後に入口を隠せるだけ隠しておこう。知ってると思うが、この廃都市は入るだけなら自由だからね」

 部屋に施錠はできるが、廊下に入り込むのは防げない。キリスの心配は妥当なものだった。それより、彼がなぜ自分のことを気にかけるのか彼女はそこが気になった。

「柵の門は閉じていくのでしょう? 三か月だったら大丈夫だと思います」

 そういったとき、キリスは何やら思案する表情を見せた。

「どうかしましたか」

「いや、無事を祈るよ」

 妙に満足そうなその様子に、もしかしたらコーラー女史は気休めを言ったのかも知れないと思った。

 それでもエリはここに残る方針を変える気はなかった。行く場所はどちらにしてもない。あまり賢くない長身族の誰かと一緒に農婦などをやる気は彼女にはなかった。彼女らがどう扱われるかは最初の集落でさんざん目にしていたから。

 それならここで自活を試みるのもいい。本当にだめなら集落に向かおう。エリはそう決めていた。

 その前に、あふれたというアンデッド魔物が近づいてくる前に彼女にはすることがたくさんあった。


 最初の魔物が姿をあらわしたのは一か月ほど先のことだった。 

 

 


 





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