魔法の星


魔法の星




 脱出ポッドがちゃんとした駐艇場に停まるのは久しぶりだった。


 街も賑わっていて大人も子どもも楽しそうにショッピングや食事を楽しんでいる。


 (ここはまともな星みたいだな)


 そう思いながらぶらぶらと歩いていると後ろから声をかけられた。


「もしかして地球人?」


 振り向くと若い男がこちらを見ていた。


「はい。地球から来ました」


「じゃあまともな人間だね」


 男はそう言うとにっこり笑った。


 まともな、という言葉にひっかかったがとりあえず聞き流した。


「はあ、人間です」


「よかった、久しぶりにまともな人に会えて」


「……あの、さっきからまともまともって」


「あは、ごめんごめん。この星の住人はみんな魔法使いでイカれてるからさ」


「魔法使い?」


「そう。見てて」


 男はいつの間にか持っていたステッキのような棒をひとふりした。


「アンドゥ!」


 男が叫ぶと街にいた人々が次々に姿を変えた。


「わあっ」


 まともに見えた大人や子どもはみんなお年寄りで黒いとんがり帽子に黒いマントという似たような出で立ちだった。


「これって……」


「そう、みんな変身してたのさ」


 男は深いため息をついた。


「ちょっとアンタ何してんのさ」

「まったく、せっかく楽しんでたのに」

「ああもう、めんどくさいな」


 魔法使いたちはぶつぶつ文句を言いながら、またさっきのまともな格好へとそれぞれ姿を変えだした。


「スゴいですね」


「この星は昔、地球から出た大量の廃棄スマホを引き取ったんだ。だからみんなスマホの中の写真や映像で地球のマネをしてるんだ」


「スマホ……」


 私が感心していると男はまたため息をついた。


「たいへんだよ。みんな魔法使いなんだから、何が本物で何が偽物かもわからない。もしかしたらその辺の動物も魔法使いかもしれない」


「ああ、なるほど……」


「今日は大人でも明日は子どもかもしれないし男か女かもわからない。お店で美味しい食事をしても実際のところは何を食べさせられているのかわからない。全てを疑わなければならないんだ」


「それは……たいへんですね」


「だろ? みんなイカれてるのさ。だましあいをして楽しんでいる」


「はあ……」


「もううんざりだよ。こんな星」


「あの、それって魔法でどうにか出来ないのですか?」


「ん? どうにかって?」


「いや、さっきやったみたいに食べ物でも何でも呪文でもとに戻して……」


「なるほど。ちょっとやってみよう」


 男はそう言うと今度はステッキを何度も振った。


「アンドゥ! アンドゥ! アンドゥ……!」


 すると人々はまたもとの魔法使いの姿に戻った。


 かと思えば何やら街全体がゴゴゴゴッと大きな音をたて始めた。


 建ち並んでいたお店やレストランが跡形もなく消え、地面には懐かしいスマホが並べられていた。


「……これもスマホ?」


 建物も何もかも失くなり静まりかえった広大な砂漠のようになってしまった星に、ただたくさんの魔法使いとたくさんのスマホがあるだけだった。


「あーあ……」

「はあ……」

「またかよ……」

「ったく……何なんだよ今日は」


 徐々に魔法使いたちの愚痴やため息が聴こえてきた。


 私も男も何も失くなった街をぼう然と見ていた。


「なんか……余計なことを言ってすみませんでした」


 私は男の人に頭を下げた。


「いえ。……なんだかふっ切れました。魔法使いも捨てたもんじゃないなって」


「はあ……」


 もとの姿に戻された魔法使いたちはそれぞれスマホに向かってステッキを振り、新しい建物が次々と建ち始めていた。


「ここにいるとあなたも巻き込まれて姿を変えられてしまうかもしれません。早く退散した方がいいと思いますよ」


「そうですね。あの、本当にお邪魔しました」


「いえ。ではお気をつけて」


 私はもう一度頭を下げてから急いで脱出ポッドに乗り込んだ。




 (魔法使いも大変なんだな)


 ポッドの窓から次々に形をなしていく街を眺めた。


 あの建物はスマホを変身させていたものだったのか。


 (魔法使いがスマホって……)


 違和感たっぷりの光景を思い出しながら自然と笑みがこぼれていた。





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