ヒーローの星
ヒーローの星
とても小さな星だと思った。
上空から見ても地上に降り立っても、やはりこの星の広さはとても小さいようだ。
それに、もう長い間放置されていたかのように静かで荒れ果てていた。
「なんじゃ人間か」
しわがれた声に振り向くと、髭の長い小さな老人が立っていた。
「あ、お邪魔しています」
「こんな所に何の用じゃ」
「私の住んでいた星が消滅してしまいまして、脱出ポッドであちこち旅しながら住む星を探しています」
「ふん、そうか。ここにはわし以外誰もおらんぞ」
「えっ? 誰も?」
「うむ。この星はもとから誰も住んではおらんかった。ちょっとした広場とでも言おうか、わしがまだ若い頃は闘技場みたいな場所じゃった」
「そうだったのですね。……でもあなたはなぜここに?」
小さな老人は自分の髭を触りながら言った。
「わしは……アイツを待っておるのじゃ」
「待ってる? 誰を、ですか?」
「……魔王、とでも言おうか」
「魔王? いったいどういうことなのですか?」
老人は遠い目をしながらぽつりぽつりと話し始めた。
「もう随分昔のことじゃのう。こう見えてもわしはそれはそれは強くてたくましい男じゃった。わしの星には宇宙でも珍しい宝石が採れるとあって悪い奴らがしょっちゅう侵入しておった。魔王もそのうちのひとりじゃ」
気のせいか老人の顔はとても楽しそうに見えた。
「わしは必死で宝石や住人を守っておった。悪い奴らは片っ端からやっつけてな。だがアイツは……魔王は強かった。魔王と戦うと星の建物や住人たちに被害が出てしまう。だから魔王と戦う時はここに来て思いきり暴れておった」
「……スゴいですね」
「ふぉっふぉっ。今思えば若かったんじゃよ。魔王と戦うのは楽しかった。何度戦ってもとうとう決着はつかなかった。それでわしたちは約束をしたんじゃ。お互いに強くなってまた一年後に戦おうとな」
「それで? 決着は?」
「ふむ。一年後も、そのまた一年後にもその次も、結局決着はつかなかった。というよりもわしたちは決着をつける気はなかったのかもしれんな」
老人は空を見上げた。
「一年に一度、思いきり身体をぶつけ合って暴れて、それがわしらの唯一の楽しみだったと言っても過言ではないじゃろう。それなのに……アイツは突然来なくなったんじゃよ」
「そんな……」
「アイツが来なくなってもう百年が経とうとしておる。わしも随分と年をとってしもうたな」
「……百年も、あなたはずっと魔王を待ち続けているのですか?」
「アイツがいつ現れるかもわからんからな。ああ見えても約束を破るような奴ではない。わしは星を捨ててずっとここでこうして待っておるのじゃ」
「そんな……」
いくら魔王だからといっても百年は長すぎるのではないだろうか。
もうすでに魔王は……。
「お主が言いたいことはわかっておる。じゃがのう、わしが諦めるわけにはいかんのじゃ。もしかするとどこかで勇者に捕まっておるのかもしれん。何かに巻き込まれてここに来ることが出来んだけかもしれん。アイツをやっつけるのはわしでなきゃならんのだからのう」
老人はそう言うと「ふぉっふぉっ」と笑いながら歩きだした。
「とにかくここには住むことはできんぞい。早く他の星を探すといい」
私は小さな老人の小さな背中をただ見送ることしかできなかった。
「あの……」
脱出ポッドに乗り込もうとしたが、私は思わず老人を呼び止めていた。
「きっと魔王は戻ってくると思います! 私もそう信じています!」
私がそう叫ぶと老人は一瞬だけ足を止めた。
私は老人の小さな背中に向かって深く頭を下げた。
脱出ポッドに乗り込む時にかすかな声が聴こえた。
「……ありがとう」
私は込み上げる想いを胸に宇宙へと飛び立った。
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