フライな星


フライな星




 ――ブーン――


 脱出ポッドを降りた瞬間私は耳をふさいだ。


 (ノイズ?)


 ブーンというノイズが五月蝿うるさかった。


 いや、これはノイズじゃない?


 どこかで聞いたことがある不快な音だ。


「おや、珍しい。人間ですか」


「うわぁー」


 振り向くと目の前に大きなハエが飛んでいた。


「そんなに驚かなくても」


「し、失礼しました」


 まだ心臓がドキドキしていた。


 自分よりも大きなハエはあまりにもグロテスクで気持ち悪かった。


「やっぱり五月蝿い……ですか?」


「えっ」


 ハエは私の手を指さした。


「ああ……」


 私はふさいでいる耳から手を離した。


「羽根の音だったんですね」


「はい」


「人間には少し五月蝿いかもしれませんね。ハエだけに」


「……は?」


 ハエの動きが止まった。


「な、なんて失礼な。私たちはあの汚いハエではありません」


「え? 違うんですか?」


「私たちはフライという生物です。フ、ラ、イ」


「……フライ?」


「上を見て下さい」


 私は上を見上げた。


「はあ……」


 たくさんのハエ、いや、フライが飛んでいた。


「私たちフライは羽根が生えてからは死ぬまで飛び続けます。足をつけることはありません。ずっと空中で羽ばたいているのです」


「へえ……」


「食事をするのも寝るのも飛んだままです」


「それは……たいへんですね」


「それが私たちフライの宿命です」


「だからフライ、と?」


「フライは誇りを持っています。空中を征する誇り高き私たちのことをハエだなんて……。あんまりです」


 気のせいか、フライが落ち込んでいるように見えてきた。


「いや、本当に何も知らずにすみませんでした」


「……わかって頂けたならいいんです」


 フライは両手をこすり合わせている。



「来たぞ!」

「逃げろ!」


 その時、空中からフライたちが叫んだ。


「たいへんだ……」


 フライが慌てている様子だ。


「どうしたんですか?」


「スパイダー男です」


「スパイダー男?」


「フライの天敵です。スパイダー男が私たちを捕まえにくるんです。アイツらは最近進化して、手や足から出すネバネバした網のような糸を這わせて空中にまで登ってくるのです」


「はあ……」


「すみません、私も逃げます。それじゃあ」


「あ、はい。気をつけて……」


 フライは空高く飛んで行ってしまった。



 ふう。


 ……いやいや、どう見てもハエだろ?


 ハエもフライも同じだし。


 少し静かになった空を見上げた。


 (五月蝿かったな。蝿)



 私は脱出ポッドに乗り込んだ。


 ちょっとまてよ。


 スパイダー男って……。


 深く考えるのはやめておこう。


 もうあのハエのことは忘れたかった。



 それからしばらく、あの羽根の音が耳に焼きついて眠りを妨げられたことはいうまでもなかった。




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