第19話 最強VS連合帝国~序~
「では、どうあっても行くというのか」
片目に刀傷を宿した、男が問う。口元には、白いものの混じった髭が目立つ。
「ああ、行く。挑戦状を貰い受けたにもかかわらず、これを無視する。そのような真似を働けば、連中は俺を罵り、蔑むだろう。逃げたとのたまうだろう。俺がそいつを、許すと思うか?」
総髪凶相、容貌魁偉の男が応えた。いかにも、当然、といった体である。それを聞かされた刀傷の男は、葉巻を一口吸い、仕立ての良い椅子の背にもたれかかった。
「ユージオ。はっきりと言えば、さらりと行かせるわけにはいかん。これは『敵国』からの招待状だ。いかに貴様に領内の通行権を与えていようと、連合帝国の武闘会に向かう権利はない。これが、王国としての言い分……」
「知らねえな」
呆れたように長々と掛けられた言葉を、ユージオはものの一手で切り捨てた。なぜなら――
「俺への招待状。それはすなわち、挑戦状だ。もう一度言う。これを無視するという行為は、連中をのさばらせるだけだ。故に、行く。行って、連中から『俺を倒そう』などという考えを奪い取る。それが、ユージオ・バールの為すべきことだ。キサマらの道理や理屈は、俺には関係ない」
その時、刀傷の男――王国大将軍、ゴルニーゼ・ベルンディーは確かに見た。容貌魁偉の男――『地上最強の生物』とも評される男の瞳が、輝いていた。希望に満ちていた。前回の会合で垣間見た、退屈を押し殺す姿がどこにもない。
ゴルニーゼは直感する。仮に王国が止めんとしたとて、いかなる説得も妨害も、この男は跳ね除けてしまう。それほどまでに、『未知の強敵』は彼にとっての『ごちそう』なのだ。
「……仕方あるまい」
ゴルニーゼは再び、紫煙をふかした。葉巻を嫌う者からすれば、眉をひそめたくなる程の煙が、部屋に充満した。だが容貌魁偉の男――ユージオ・バールは微動だにしなかった。その程度の毒では、彼は動じない。
「ユージオよ。私が貴様の露払いを務めよう。我が一命を賭して、貴様に『王国特使』の立場をくれてやる。そいつでもって、連中の皇帝に
ここで大将軍は、ひときわに声を潜めた。結果その内容は、当事者二人にしかわかり得ぬものとなった。しかしユージオの表情が変わる。それはどこか、苦々しいものだった。
「……キサマらの道理など俺には関係ない、とは言ったが。それで王国は満足するのか?」
「知るか。これは私の道理だ。あの国が絡むとろくなことがない。大公家もしかり。国境問題もしかりだ。近年、我軍はジリジリと追い込まれている。連中が多種族連合軍を成し、それぞれの特性を活かし、意気軒昂であるが故にだ。これ以上追い込まれれば、我が身の破滅にも繋がりかねん。故に、この手札を切るのだ」
「いいだろう」
ゴルニーゼの切々たる告白に、ユージオは大きくうなずいた。
「国の絡まん、キサマの道理だというのが気に入った。暗殺でないのも良い。キサマの頼み、特別に受けてやろう」
「暗殺など、貴様が受けるはずないだろう。そのくらいは、わかっている」
「その通りだ。どうして俺が、そんな一大事を人の指図でやらなきゃならねえ。やるなら、俺が『そう』思った時にだ」
やはりな、とゴルニーゼは紫煙をふかす。二人の会談は、これにて実質終わりを告げていた。しかしながら、雑談じみて議題はパラパラと残されていた。
「しかし、だ。ユージオ。先般焚き付けておいてなんだが、あの
「連れて行く。こうなった以上は、とことんまで付き合うつもりだ」
「そうか……」
ゴルニーゼは、顔を曇らせた。やはり『敵国』に行かせるというのは、気が引けるのだろうか。その表情のままに、彼は話題を続けた。
「口は」
「きかん。なにも言わん。不満げな顔さえも漏らさん。あいも変わらず、俺の少し後ろを付いて来る。遅れようとも、追い付いて来る。大した餓鬼だ」
ゴルニーゼは、見る。ユージオの口角が、少しだけ上がった。驚くべきことにこの凶相の男は、『足手まとい』になりうる少年の存在を喜んでいるのだ。まったくもって、意外と言えた。
「その表情、なんとなくはわかるぞ。俺があの餓鬼を評価していることが、あまりにも俺らしくない。そう思って、いるのだろう?」
瞬間、ユージオの凶相が目前に現れた。心の奥底まで覗き込むような眼が、ゴルニーゼへと差し向けられる。しかし大将軍は、それを真っ向から見据えた。己の心を振り絞り、凶相を正面から見詰めたのだ。
「その通りだ。ああ、その通りだよ、ユージオ。仮にも迷惑だろうに、ずっと背後を許している。その事実が、まったくもって意外なのだ」
「だろうな」
ユージオが、身体を椅子へと引き戻す。彼は悠然と、傲慢さを示すような態度で椅子に背を預けた。ゴルニーゼは思う。王国大将軍を睥睨する男など、ユージオ一人しかいないであろう。他に許されるとすればたった一人。彼が忠誠を誓う、人界大陸随一の大国、我らが王国の国王のみだ。
「ゴルニーゼ。キサマはどこまでも真っ当だ」
ユージオが、睥睨を崩さぬままに口を開いた。ゴルニーゼは、その態度を許す。というより、許さざるを得ない。そうしなければ、己が屠られる恐れがあった。
「真っ当なのは、美点だ。理性が利くのは、人間の美徳だ。だが、それだけじゃあ足りねえ」
「……」
ユージオの物言いを、大将軍は敢えて無言で耐え忍んだ。これでも国政の一翼を担う人間だ。非情に徹したこともあれば、窮余の一策に臨んだこともある。だが眼の前の男に比べれば、己はまだ。
「テメエで言うのもなんだが、俺は常人からすれば、狂人の部類に入るだろうよ。真っ当な人間が、古竜に無手で挑むはずもないからな」
「その通りだ」
ゴルニーゼが、相槌を打つ。大将軍は、目の前の男をよく知っている。知りもせずに狂人と呼ばわるのであればそれは死への直行便。だがゴルニーゼは、ユージオを良く知っていた。彼が成し得た事績、彼が目指すものを、良く知っていた。故に、この単刀直入の物言いが許されたのだ。
「……だからこそ言うが、アレには俺に迫る資格があり得る。狂気があり得る。そうでなければ、とっくに置き去りにしていただろうよ」
「……」
ユージオの言い草に、今度こそゴルニーゼは沈黙した。目の前の男がここまで他者を評価したのは、彼の知る限りではこれが初めてのことだった。幾千の軍隊をぶつけても、魔導甲冑をぶつけても。ユージオから褒め言葉が出ることは皆無だった。むしろ不甲斐なさ、脆弱さを詰るような言葉しか出て来なかった。だというのに。
「そう悔しげな顔をするな。アレが口をきかん以上、俺の見立てがずれている可能性は十分にある。今度の旅が、もしかしたら」
「試せる、とでも?」
「ああ、そうだ。遠くへ行き、未知を知る。もしかしたら、アレに口をきかせる輩がいるやもしれねえ」
「なるほど、な」
ゴルニーゼは、重くうなずいた。ユージオの見立て、その是非を問うには、あまりにも材料が少なすぎた。王国にとって、連合帝国とは半ば未知の国である。多種族の連合国家であること、その勃興から常に王国への敵意を絶やしていないことこそは重々に知られているものの、王国の民のほとんどは、自分たちがなにと戦っているのかさえも理解していないのである。彼らはただただ、己に敵意を向けてくる者どもを討ち倒しているだけなのだ。
「よかろう」
ゴルニーゼが、遂に首を縦に振った。これは単に、ユージオの連合帝国への遊山を許しただけではない。その旅路におけるすべてを、ユージオに委ねたという合図だった。ユージオを縛るのは、『王国特使』としての使命のみ。それ以外は、連れて行く者。道中の旅路。すべてがすべて、ユージオの思うがままである。
「大公家はどうする。妨害をぶち込んで来るぞ」
「知るか。貴様ならどうにでもできる。今更わかりきったことを聞くな」
口角を歪めて尋ねるユージオに、ゴルニーゼは不機嫌をあらわにした。そう。この大将軍は、己のやるべきことを絞ったのだ。ユージオに『特使』の役割を持たせること。その一点に、集中することを選択したのだ。
「……やはりキサマは、覚悟を決めた時の方が良く働く。俺に監視をぶつけた折もそうだ。為さねばならぬことが、キサマには少々多過ぎる」
「ああ、多い。まったく多い。だが渡せる人間はそうそうおらん。大公家や陛下、加えて聖教の司祭や神学者どもも含めてさばける人間。極めて稀なのはわかるだろう?」
違えねえ。砕けた口調で、ユージオは首を縦に振った。ユージオは大将軍を睥睨する。下に見る。しかし認めていないわけではない。
己と強者のみを頂点とする彼の価値観において、王国大将軍ゴルニーゼ・ベルンディーは第二階層――強者とまでは呼べぬが、常人の中では一等の者であると言える位置――と言ってもいい類には据えられている。だからこそ、ユージオはここまで己を開陳しているのだ。
「まあいい。後は任せた。いかなる妨害も刺客も、俺にかかる限りは打ち払う。だからこそ」
「無論だ。貴様の道筋は、私がしっかりと付けてやる」
両者の視線が、一時交わる。その意味が常ならぬ凄まじさを纏っていることを知るのは、他ならぬ両者のみであった。
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