第4話 刀VS野盗

 夜の中でも、今宵は一際暗い日だった。闇に紛れて村を目指す、野盗の群れがいた。彼らを構成するのは貧農崩れや脱走兵、あるいは己の生まれから放逐された食い詰め者だった。当然武具もバラバラで、中には松明一本のみを頼りにする者さえいた。


「気を付けろ。どこに罠があるか分からんぞ。学のない村人とて、馬鹿ではない」

「へへへ……。生娘、食えるかな……」

「俺は人を殺したい。刃物がプツッて肌を突き刺す、あの感覚……」

「飯……飯……」


 なにもかもバラバラな集団は、抱いている思考までバラバラだった。彼らをまとめ上げるのは只一つ。『モノなど人から奪えば良い。立ちはだかるなら殺せば良い』。そんな賊の理念だった。己は蔑まれ、虐げられた。故に報復しても構わない。そんな一方的な理論だった。

 およそ三十人ほどの賊が、草むらに身を隠してぞろぞろと進む。とはいえ、その空気は緩み切っていた。口笛を吹く者。勝手に列を外れて立ち小便に向かう者。規律などあったものではない。事実彼らは、隊列すら成していなかった。物見遊山の空気が漂っていた。


「があっ……!」


 そんな空気を穿つ、声が上がった。可能な限りに押し殺していたが、それは悲鳴だった。原因は、彼らの内の一人、その足にあった。虎挟み。狩猟用の罠か、あるいは置き忘れか。ともかく、不幸にも掛かってしまった。


「ぐううっ……!」


 必死に悲鳴を押し殺す野盗の一人。だが彼の後ろに、もう一つの脅威が迫っていた。軍用の甲冑を身に着けた男の、両刃の白刃。背中から、一突きだった。声を上げることさえかなわず、不幸な野盗は草むらに消えた。野盗の全員が立ち止まり、甲冑の男を見た。どうやら、彼らの頭目のようだった。


「……」


 甲冑の男が、なにやらを仕草で見せた。直後、野盗どもは見事な二列の縦隊を組み上げた。どうやら、曲がりなりにも訓練はされていたらしい。比較的歴の浅い者どもを先陣に据え、彼らはジリジリと進んでいった。少なくとも、先刻までの緩んだ空気は消え去っていた。

 道中、何人かが罠に掛かるなどして脱落する。その度に彼らはその者を殺し、道をずらした。歴の浅い者ども、良心に駆られやすい者どもを捨て駒に、彼らは半刻ほど進んだ。すると、ようやく彼らの前に村落が見えて来た。申し訳程度の柵や、用水路兼用の堀が、それなりの広さの村を囲っている。その後方には森。防御としては、一般的な村のそれだった。

 おおよそ村まで百歩を切った頃。甲冑の男が手を上げ、野盗どもは縦隊を横列に組み替えた。その内の数人が、弓矢を構える。例外的に、彼らだけは特別な訓練を受けていた。松明持ちが、矢に火をつける。火矢をもって、村に放火をしようというのだ。彼らは一斉に、矢を弓につがえ……直後、全員がそのまま凍りついた。


「!」


 甲冑の男が、仕草で指示を下す。野盗どもが散開する。何人かは間に合わず、追加で凍りついた。原因は、地面にあった。走っていたのは氷結術式。草むらを忍んで進み、人を見た瞬間に牙を剥いたのだ。操作までされているのは、使い手が高等な証である。広範囲を凍りつかせるのは、何者かの援護が加わっている証だった。

 しかし野盗どもの不幸は終わっていなかった。散開した連中の間を、幾重もの風が薙いでいった。先程完成した氷像すらも、斬り裂いていく。彼らの脳内では、ありえないはずの技だった。

 さもありなん。彼らを襲ったのは、東方の職業ジョブたるサムライの絶技が一つ、飛太刀とびたちである。速度と気の融合によって斬撃を飛ばす。西方での使い手は、極度に少ない技だった。


「くっ。村人め、用心棒を雇っていたか!」


 甲冑の男が、初めて声を上げた。用心棒とは、腕の立つ者が村や組織、要人などにその腕を提供し、守り通す生業である。無論、守られる側は相応に金子や衣食住を提供しなければならない。甲冑の男は、村が相当に無理をしたと判断した。時を空けて今一度攻めれば、落ちるとみなした。


「相手は腕が立つ! ここは引くぞ! 時は今にあらず!」


 生き残りどもを呼び集める甲冑。しかし彼の判断は一歩遅かった。すでに彼の周囲は、死臭と屍に満たされていた。そして、二人の男が彼に迫っていた。


「野盗どもとはいえ、さすがは頭目。不意討ちだけじゃ、死んでくれねえか」


 一人はぼうぼうの髪に頭頂部の髷、髭面が特徴的な男。右目には、五弁の花を象った焼印を刻まれていた。東方風の出で立ちで、東方語を話している。故に甲冑の男には、放たれた言葉の意味すら読み取れなかった。


「ヒヒ……酒代だぁ……酒代が居る……」


 今一人は、冒険者装束に短めの両刃刀が印象的な男。髭は剃っているが、肩まで伸びた茶色の髪はくすんでいた。あまり手入れをされていないようだ。おまけに酒の匂いが鼻を突く。王国語だったがゆえに、頭目はその意味を理解した。狂人だ。己は狂人と、言葉すら通じぬ蛮人に挟まれている。ならば。


「うあああっっっ!」


 甲冑の男は脱兎した。否、正確には脱兎を試みた。しかし動けなかった。彼の足は、すでに氷によって固められていたのだ。身体を捻ろうとしても、動けない。その間に、狂人がジリジリと間合いを詰めていた。髭面と視線でやり取りしている。髭面が、鷹揚にうなずいた。


「や、やめろ。やめてくれ……」

「ヒヒ……酒代……!」


 命乞いも虚しく、狂人が刀を横薙ぎの形に振りかざした。甲冑の男は、己も刀を持っていたことを思い出す。全てを、それに賭ける他ない。


「ままよ!」


 破れかぶれで、彼は刀を抜いた。両足しか固められなかったことが、幸運だった。遮二無二振り回し、牽制する。せめて、近寄らないでくれ。その一念で、踏ん張りの利かない中で刀を振った。しかし。


「酒代!」


 狂人の踏み込みが、常軌を逸していた。わずかな間隙に、雷めいた踏み込みを見せる。加速術式かと、一瞬見まごうほどだった。


「ヒヒッ!」


 横薙ぎの刀が、重さを感じさせぬ速度で襲い掛かる。鉄兜に当たる音を耳にしたのが、彼が最期に得た知覚だった。


 ***


「キッヒィ……!」


 半ば酒に意識を奪われた男。しかし意識を刈り取った敵手の首を奪う作業は、かなり的確で、手短だった。首は撃退の証拠となる。大将首ともなれば、貰える報酬の量にも変化が出て来るだろう。


「かたじけない」

「キヒッ……!」


 近寄って来た今回の同輩――数日前に村の者が見つけて来た、けったいな格好の男だ――が、簡潔な王国語で頭を下げた。しかし酒に意識を奪われた男は、彼が手にしていた首に意識を向けた。持っている首が多い。コイツは、俺よりも酒代を稼いでいる。たしかに同輩だが、コイツは俺に面倒なのを狩らせて自分だけ酒代を荒稼ぎした。殺らねば。


「おい……?」

「キヒィ~……!」


 剣呑な気配が漏れ出しているのか、同輩が怪訝な顔を見せる。しかし男はお構いなしだった。けったいな姿に向けて、剣を振りかざす。同輩もやむなく首を捨て、剣を抜かんとした。その時。


「ジョル! アンタなにしてんの!」


 第三の声と、円弧を描いて飛来する武器が割って入った。武器は棘がついたブーメラン状の物で、声の主は女だった。元は聖教の僧侶プリーストだったと思しき帽子を被ってはいるが、どこか戦士、魔法使いにも似た空気をまとっていた。軽さを重視した鎧の下に法服をまとっている。どこか奇妙だが、防御面では理に適ってもいた。


「フン!」


 たやすくブーメランをキャッチした彼女は、ずいずいとジョルと呼ばれた男へと向かっていく。その迫力には、けったいな東方男ですら道を譲ったほどだった。


「い、いや、アンヌ。コイツが酒代を……」

「ジョルジュ。アンタが大将首を狙って、こちらとうなずき合ったんでしょう? 酒精アルコールに狂い過ぎて、記憶まで飛ばしたかい?」

「あがあああっ!」


 アンヌと呼ばれた武装僧侶が、強かに男――ジョルジュの足を踏み付ける。氷が溶けてややぬかるんだ地面に、埋まっていくかのような踏み付けだった。ジョルジュの悲鳴を聞きながら、アンヌは彼を睨み付けた。当然ではあるが、アンヌはジョルジュよりも背が低い。にもかかわらず、その睨みには凄みが伴っていた。


「思い出したかい? 思い出せなけりゃ、足に加重術式仕掛けて踏み砕くよ」

「お、思い出した! 思い出したから! 後、術式援護をありがとう! 助かった! 助かったからやめてくれないか!?」


 ジョルジュが必死に助けを乞うと、アンヌはようやく彼を解放した。ジョルジュは、百年の酔いも醒めたかのような顔で息をつく。アンヌは一旦視線を彼から外し、けったいな東方男と向き合った。ついでに軽く手をかざし、翻訳術式を唱える。二言三言会話を交わすと、東方男は驚きを見せた。しかしアンヌは、構わず長口上に入る。


「トジューロ……さんだっけ? アンタにも悪いことしちまったねえ。昔はこれでも、一等強い冒険者、勇者にまで上り詰めたんだけどね。ある男に野試合で負けてから荒れ果て、今じゃ酒狂いさ。お恥ずかしいところを、見せてしまったよ」

「ある男……」


 べらべらと喋り、無礼を詫びるアンヌ。しかしトジューロと呼ばれた男は、途中の言葉に引っ掛かっていた。酒に飲まれてなお腕前を感じさせるあの男を、打ち負かした者が居る。良き敵手の予感に、心が震えていた。


「なんだい。もしもジョルの所業に怒ってるのなら、こっちは分け前がなくても良い。剣を構えて襲い掛かるところだったんだ。そのくらい……って!?」


 男の様子に違和感を得たアンヌが、さらなる譲歩を打診しようとする。しかし男は、アンヌに直角、九十度の角度で頭を下げた。


「我が名は刀十郎とうじゅうろうと申す。あんぬ殿。先の件は戦場では時に起こり得ること。故に怒ってはござらん。それよりも。じょるじゅ殿を打ち負かせし者について教えて頂きたい」

「え、え」

「我は好敵手を探す者。はるばる西へ来たりしもそれが理由。お願い申し上げる!」


 混乱するアンヌ。しかし刀十郎と名乗った男は、両膝を地に着きかねない勢いだった。気圧され、アンヌはついに要求を飲んでしまった。


「わ、分かった。分かったから立ち上がっておくれ。良いだろう。話そうじゃないか。【地上最強の生物】ユージオ・バールについて」

「かたじけない!」


 再びアンヌに頭を下げ、喜色満面の表情を見せる刀十郎。しかしその傍らで、耳にした名に目を光らせるジョルジュがいた。

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