第5話 刀VS堕ちた勇者に寄り添う者

 第三十二代勇者ジョルジュ・マクスウェルが、冒険者ギルドの公式声明からして【堕ちた勇者】、【最後にして最悪の勇者】と称されるのには、理由がある。


 まず第一に、野試合とはいえユージオ・バールに敗北して手傷を負い、あまつさえその後の実績においても群を出ることなく、ユージオの台頭を許したこと。すなわち、『勇者という地位そのものの価値』を貶めたこと。

 第二に、ユージオに破れ、その後振るわず、敗北者として見られるようになったことからか。立ち居振る舞いまでもが勇者たるものではなくなってしまったこと。酒浸りに女漁り、博打に借金まで手を染めたそれは、もはや勇者と呼ぶにはためらわれるものであった。すなわち、『勇者という地位に相応しい品位』を有していなかったこと。

 第三に、否。これこそが最大の理由と言っても過言ではない。ジョルジュは、勇者の象徴たる聖剣を叩き折ってしまった。勇者たる器にあらずとして冒険者からの引退を迫られた際。彼は聖剣を己の膝で粉砕してしまったのだ。その行いは彼の冒険者ギルド追放を決定付け、最悪という評価を確固たるものにしてしまった。聖剣はその後名工によって新しく作られたものの、未だそれを有するに相応しい人材は現れていない。というのがギルドの公式見解だった。すなわち、『勇者の象徴を汚し、その価値を無にした』こと。


 上記三つの理由をもって、ジョルジュ・マクスウェルは大いに批判されていた――。


 ***


「もう十二、三年は前になるのかね。アタシとジョルジュ、そしてユージオはパーティーを組んでいた。まあ他にも二、三人はツレがいたんだけど、今は関係ないから置いとこうか。ユージ、ジョル、アンナってね。互いを軽く呼ぶ仲だったよ」


 アンナが懐かしむように話を切り出したのは、野盗を撃退してから約二刻後のことだった。急遽始まった村人たちとの酒盛りは、いよいよたけなわを迎えていた。刀十郎、ジョルジュ、アンナの三人は大いに酒を楽しみ、やがてジョルジュが眠りに入った。そんな頃合いの、出来事だった。


「ああ。話が遅くなったのは悪かった。ジョルは、ユージの話をすると機嫌が悪くなるからね。酔い潰しとく必要があったのさ」


 刀十郎の表情から責められている感覚を受けたのか、アンナはまず話が遅れたことに詫びを入れた。しかし刀十郎は無言で酒をあおり、続きを促した。


「ユージはアタシたちの切り込み隊長だった。どんな相手にでも真っ先に食って掛かり、場合によっては、腕っ節一つでアタシたちの出る幕なく倒しちまう。強い男だったよ。簡単に言うなら、暴力がそのまんま服を着たような男だった」

「ふむ」


 刀十郎は、あっさりとうなずいた。しかしアンナは直後、唐突に首を振った。ユージオに対する複雑な思いが、表出した形になった。


「ああ。でも。単純に暴力だけの男でもなかった。それだったら、むしろアタシたちも楽だった。手を切ればいいだけだからね。アイツはそれなりに学もあったし、アイツなりの考え方を持っていた。そのせいで厄介を抱えたこともあるけど、嫌いじゃなかったね」


 アンナは懐かしげに語る。聖教における教えを無視して獣肉を堂々と喰らい、理にかなっていないと見れば先達の冒険者にも食って掛かる。腕に見合わぬ権威を振りかざされれば平気で反逆し、逆に腕があると見ればそれがいかなるパーティーであろうとも教えを請いに行く。一本の軸、行動の理念を持ってはいたが、それが周りと噛み合わなかったのだと。


「で、アレだ。ジョルジュも決して、ユージオに任せきりじゃなかった。術式戦闘能力なら、確実にユージを上回っていた。二人が攻め手、前衛に立って、アタシらが回復や支援、あるいは範囲系の術式で攻撃する。そんな分担をしていたんだ」


 アンナはさらに語る。ユージオはグラップラー武闘家のジョブを持っており、その膂力と体格を生かした、拳での戦闘を得手としていた。しかしだからといって他が弱い訳でもなく、相応の速さや身軽さも保有していた。彼を腕っ節だけの男と見るのは危険だと、女は話した。


「アタシがユージについて語れるのは、このあたりまでかね。なにせ時が経ちすぎて、アタシたちも今のユージがどうなってるかなんて具体的には全く知らない。竜を倒したとか、軍勢を相手に一人で打ち勝ったとか噂には聞いたけど、尾ひれが付いてるかどうかさえ分からないからね」

「……あい分かった」


 刀十郎は、火を見たままで、うなずいた。同時に、己の道のりを固めていく。竜を倒すのが、まず先決か。天子の麒麟をぶった斬った己には、相応しい敵だろう。意志を新たにするには、ちょうどいい機会だった。どこかで詳しく、聞かねばならぬ。


「……。ユージは、ジョルが見つけてね。それからアタシたちは頭角を現した。で、勇者様になるってところでジョルがユージを追放して。それからアタシたちは落ちぶれた」


 沈黙を嫌うように、アンナが口を開いた。いや、実際嫌ったのだろう。そして、感情のはけ口を求めていたのかもしれない。そんな話の切り出し方だった。


「追放の時にね。ジョルとユージは争ったらしいんだ。らしいってのは、アタシたちが実際に場を見てないからだね。アタシたちがジョルを見つけた時。ジョルは腕を折られ、かなりの負傷をしていた。そしてユージは消えていた。術式と近接の戦で、近接の方が上回ったんだ」


 屈辱だったんだろうねえ。村人にむしろを被せられたジョルジュの髪を、アンナは愛おしげになでた。刀十郎は、なんの口も、感慨も挟まなかった。歴の長いパーティーだ、色々とあるのだろう。その程度の、想像に留めた。


「それからジョルがおかしくなって。酒や女に博打、借金までこさえて冒険者をクビになり、落ちぶれに落ちぶれて今に至っちまった。でも、ソイツは別の話だ。だからユージオの話としちゃあ、ここまでだ。それでいいかい?」

「構わぬ。……が、一つだけいいだろうか」

「なんだい?」


 蛇足のような問いかけに、アンナは怪訝な顔をした。話せることはすべて話したはずなのだが。なにを問われるかと、身を固める。しかし。


「なぜあんな殿は、じょるじゅ殿と、今も」


 出て来たのは、全く意外な問いかけで。そして彼女にとっては、答えの分かり切ったものだった。


「壊れてほしくないから、だね。独りは、人を壊すから」


 一人でも平気でやっていける、ユージオみたいなのがおかしいのさ。アンナはそう、付け加えた。事実、かつての仲間は、ギルドへの復帰を求めてパーティーを去ってしまった。その度に、ジョルジュはヤケを起こした。そうして彼女は、学んだのだった。


「後悔は」

「ないね」


 もう一度の問いに、アンナは言い切った。刀十郎は。髭面に花の焼印を持つ、けったいな男は。それ以上なにも言おうとはしなかった。


 二人の視界の先では、炎と、なんのしがらみもなく歌い踊る村人たちだけが揺らめいていた。

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