第22話 職業・最強VSこの世ならざる神

「■■■■■ーーー!!!」


 カバキの放った蹴りが、海神わだつみを名乗り、謎めいた異物の目を打ち抜く。それだけで海神は、この世のものとも思えぬ悲鳴を上げた。


「海神様!」

「なんてことを!」

「許しておけぬ!」

「■■! ■■!」


 悲鳴に呼応し、住民が怒る。手持ちの得物を、激しくかき鳴らす。さりとて、天高くに舞い上がったカバキには届かない。そこへむけて、神からお告げが響く。


「ウヌラノ……イカリ……ウケトッタ……シズマレ……」

「おお! 海神様もお怒りじゃ!」

「制裁を! 神を汚した旅人を贄に!」

「■■! ■■!」


 再び住民が歓声を上げる。彼らの目は、皆一様に淀んでいる。だが狂ってはいない。謎なるこの海神によって、正気をかき乱されている。カバキはそう、虹霓竜こうげいりゅうから聞かされた。それも、実体験をもって。


「っぐ……目を見ただけで、悲鳴を聞かされただけで、脳が引っかき回されそうだ……」

『かつてのように、我が威光オーラを解く真似などするなよ? たちまちの内に、汝も凡百、海神の傀儡に仲間入りだ』

「なるほどね」


 理解しながら、カバキは思考を巡らす。かつて己が、倒すように明示されていた『敵』――ユージオ・バールなら。この街と、この怪物とどう戦うのだろうか。答えは、ものの数瞬で編み出せた。


「まず住民は、生死を問わずに蹴散らすだろうなあ」


 カバキが着地する。そこをめがけて、住民どもが襲い掛かる。いくら『静まれ』とのお告げを受けていたとしても、海神はおかには上がれない。その手助けとして、彼らがカバキを追い込む必要があった。しかし。


「だけど、俺は無駄死が嫌いだ」


 カバキは、住民どもを強く睨んだ。それだけで彼らの動きが止まり、パタリと倒れる。その瞳には、黄金の色! 百八の絶技を修めた魔王が放つ技が一つ、『魔眼イビルアイ』である! 魔王が全力で放てば石と化すそれを、カバキは限りなく弱めて放った。だがそれだけでも、住民から抵抗を奪うだけの力を帯びていた。幸運な住民が数人は逃れたが、もはやカバキに恐れをなすばかり。こうして邪魔は、いなくなった。


「さあ、やろうや」


 カバキは、海神を睨み付けた。黄金の威光オーラを身にまとい、再びいや高く跳躍する。そう。カバキがユージオを想定した結論は、たった一つだった。


「あの男は、とっくに狂ってる。ソイツが狂気に侵されたところで、よりおかしくなるだけだぁな」


 そう。ユージオはすでに、タガを外している。そうでなくば、【地上最強の生物】など、目指しようがない。己が身に棲む、虹霓竜にすら打ち勝とうというのだ。それが狂気でなくて、なんと呼べば良いのか。カバキには、その名を定めることができなかった。


「だけど、俺は狂えない。アイツを目指す限り、俺は正気でいなくちゃいけない」


 口の中で呟きながら、カバキは再び目の高さまで跳んだ。しかしながら、今度は触腕がうねっていた。真っ直ぐには、あの目を目指せそうにない。カバキは、最強の一人を振るう。


「【無刀ノむとうのやいば】」


 触腕めがけて、腕を振るう。手刀を振るう。本来であれば触腕とかち合い、弾かれるはずの腕。だが、彼の腕に触れた触腕は。膾の如く、斬り裂かれた。


「~~~~~ッッッ!!!」


 海神から、奇っ怪なる叫び声。これもまた、精神を汚染しうる代物。否。もう明かしても良いだろう。本来であれば、この海神の存在そのものが。見た者の精神を汚す。カバキが無事であるのは、本人の精神性。そしてひとえに、虹霓竜の力によるものだった。


「ユージオなら、狂気に狂気をぶつけるんだろうなあ」


 カバキは呟きながら、さらに飛ぶ。触腕を足場に、海神の目を目指す。感じる。精神をかき乱す、えも言われぬ波長。虹霓竜に護られていてなお、口の端から血が溢れた。


「俺は、正気のままに狂気を越える」


 再び、目。奇っ怪なる叫び。これもまた、カバキは耐える。虹霓竜が、すべてを弾く。目と正対すれば、なにやら光でも放ってきそうな眼光が睨み付けてくる。しかしカバキは、それをも凌いで。


「そぉらっ!」


 気合も高らかに、二つ目の目玉を砕いた。無論先刻と同じように悲鳴が高鳴り、カバキはその精神を侵されかけた。否。ややもすれば、わからぬ程度に侵蝕を受けているのやもしれぬ。こればかりは、内なる虹霓竜に期待する他なかった。


「よ……っとぉ」


 蹴りから間合いを取ったカバキは、再び陸へと着地する。だが海神は、未だその偉容を失ってはいなかった。触腕はいつの間にやら十全に戻っており、先に砕いた目玉も、少しずつではあるが修復が始まっていた。


『……内なる核か。それとも我らが未だ知らざる能力か……』


 虹霓竜から、内なる声。さしもの至高竜でさえも、海神の力は判別不能らしい。と、すれば。


「ユージオもそうするだろうけど、修復するより先に、片っ端から壊すしかないんかね」

『それが、最上であろうな』


 結論は出る。が、その前に触腕が襲って来た。カバキは跳ぶ。だがそこを狙いすましたかのように、別の触腕が襲い来た。触腕が、カバキを叩く。


「っぐ!」


 状況判断。カバキは身体を丸め、防御態勢を取った。地面に叩き落され、二度、三度と跳ねる。防御態勢が吉と出たのだろう。カバキのダメージは、さほどでもなかった。


「危ない。触腕の一つ一つがユージオの身体ばりにぶっといんだった」

『油断をするなよ。剣豪の能力で斬り裂けるとはいえ、豪腕に殴られるに等しい一撃だ。一歩間違えれば、ただの傀儡となるぞ』

「ん」


 内なる声に従い。気を取り直す。触腕がうねって追撃を仕掛けてくるが、さしものカバキも、それを食らってやる理由はない。巧みに飛び跳ねて回避し、時に蹴り返す。蹴り返す度に海神が唸る。カバキはそれをも、歯を食い縛って耐えた。


「いい加減に……ケリつけないとなあ」


 口の端、そして目の端から血をこぼしつつ、カバキは低く態勢を取る。うねる触腕の、一瞬の隙。そこを突いて、またも彼は跳躍した。ただし此度は、少々質が違う。先刻までよりもより高く。海神もどきの標高、その倍にまで飛び上がった。すべては、虹霓竜の加護である。カバキの身体能力は、今や極限にまで高められていた!


「正直、暫く動けないかもだが……!」


 カバキは、奥歯を強く噛み締めた。いかにカバキが【職業ジョブ・地上最強の生物】であるとはいえども、その能力をむやみに乱用することはできない。これはカバキ自身の種族――彼はただの人類種、魔族でも竜種でもない――によるものである。カバキはそれを初期から自覚しており、故に自身を高めてきた。だが、能力のフィードバックは隠し切れない。重ね掛けにより、不可逆の損傷を受ける恐れはあった。


「【鋼肌はがねはだ】……!」


 靴に護られし脚、そこに、カバキは力を込めた。十の試練を成し得た半神の御業。己の肌を、硬化する能力。そう、カバキが選んだ手段は。


「ドオリャアアア!!!」


 降下に合わせて、右足を突き出す。その行く先は、海神もどきの頭部。そう。カバキは最後まで、蹴りをもって。


「オオオッッッ!!!」


 カバキは叫ぶ。靴が空気との摩擦で擦り切れる。されど硬化されたその右脚は、弾丸の如くに!


「ッシャア!」


 おお、見よ! 高らかなる咆哮とともに、カバキの脚が海神の頭部を貫き!


「ヌウウウ!」


 至高竜の威光が、海神の身を灼いていく! そして!


「らあああっっっ!」


 なんたること! 遂にはカバキ自身が弾丸たまとなり、海神を撃ち抜いてしまった! これには、さしもの邪なる生き物も!


『コ……カ……グ……!』


 唸りとも、断末魔とも付かぬ声を上げ、遂には。


『ゴヴァアアアッッッ!!!』


 精神を粉々に破壊し得る叫びとともに、大きく爆ぜて四散した! それによって、カバキは吹き飛び。陸地へと打ち付けられ。


「っ……。これ以上は、起きてくれるなよ?」

『なに。なんぞあれば、我が護ろう』


 痛みと精神の汚濁、そして能力反動により意識を絶った。


 ***


 その後、この港町がどうなったかは杳として知れない。神ならぬ神の汚染に遭ったとして、住民を移住させた上で焼却されたとも。気の良い港町として、引き続き繁栄を謳歌したとも言われている。


 ともあれわかる事実は一つ。カバキ・オーカクがその力を用いて海神を称する奇怪なる生物を討った。それだけである。

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その面々、闘争者につき~そいつは俺より強いのか。強かろうとも押し通る~ 南雲麗 @nagumo_rei

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