第21話 職業・最強VS海神

 カバキ・オーカクがその街の異変を察知した時には、もはやすべては遅かった。


「キヒ……アンタも海神わだつみ様の贄になるんじゃあ……」

「ワシらが生きるためなんじゃ……許して下されい……」

「……なんてこったい」


 不随意にこみ上げる強烈な眠気を噛み殺しながら、カバキは小さくぼやく。長らく続く旅路の中、海の幸でも食べてみるかとこの街に立ち寄った。それが彼の、運の尽きであった。勧められるままに大食し、膨らんだ腹を抱えて一息。意識が遠のきかけた所で、街はその様相を改めていた。棍棒。包丁。もりに家事道具。めいめいに得物を持った住民たちが、カバキの元へと押し寄せていた。


「おいおい。どういうこったよ」

「アンタぁ、海神様の贄になるんじゃあ」


 カバキが問えば、歓待してくれた店の主人が素直に答える。包丁を手にしており、目が淀んでいる。正気か否かと、カバキは目に力を込める。彼に内在する、いくつもの『最強』どもが応じた。この主人は、正気である。ただし、何者かによって、思考が著しく統制されている、と。


「つまりアレかい? この街は、その海神様に」

「そうじゃぁ。定期的に贄を出さねば、この街は滅びるんじゃぁ」


 再び問えば、今度はすりこぎ棒を手にした老人が応じた。店の主人と同じく、その目は淀んでいた。カバキは軽く息を吐く。どうやら、やらねばならないらしい。


『みんな。殺すわけにはいかないから、黙っててくれよ』

『そうもいかん。いかな汝といえども、街の全員が相手だぞ』


 体内に棲まう『最強』どもに声を掛ければ、たちまちに虹霓こうげい竜からの声があった。実質的に、最強どもの首魁となっている至高の竜。そんな存在が、なにを警戒しているのか。


『とはいえ、殺してしまったら殺戮行為になるだろう? 正当防衛で済まさないと、聖教の警邏けいらに怒られちまう』

『むう……わかった。危地までは手控えよう』

『助かる』


 なんとかざわめく最強どもを黙らせ、カバキは構えを取る。瞬間、包丁が、銛が、すりこぎ棒が。カバキをめがけて襲い来る。なんなら、同士討ちまでも始まってしまいそうなほどの勢いだった。しかしながら、カバキは腰を落として。


「どっせい!」


 一息に、群衆へと突っ込んで行く。一見、多勢に無勢かに見える行為。だが、カバキは一人を捕まえると。


「そぉら!」


 締め殺さぬ程度にホールドしながら、暴徒の群れを押し退けていく。脚力? 膂力? 否。そのどちらでもない。カバキの勢いが、群衆を自ら退かせているのだ! 古代の寓話にありし、『海割り聖人』の如くに!


「よぉし、ご苦労さん」

「うっ!」


 見事に人波を掻き分けたカバキは、そのまま引っ捕まえていた男の腹を叩き、眠らせる。重ねて言うが、カバキに住民を殺す気はない。あくまで自己防衛なのだ。そんな彼は住民に向けて向き直り、両手を広げる。


「さあ、倒されたい奴から掛かって来い」

「ヴァアアアアア!」


 包丁が、すりこぎ棒が、銛が。列を連ねて襲い掛かる。カバキは、近くにあった棒を取る。その長尺を、ぶぅんと振り回した。


「よっとぉ」

「ア゛!?」


 カバキの膂力が、ただの長棒を危険な武具へと変えていく。薙ぎ払われた者、多数。行動に制御を掛けられた者、それ以上。無論、大きな隙が生まれる。カバキはそこへ、閃光の如く踏み込んで。


「主導権、いっちょ上がりぃ」

「ぐあっ!」

「げええっ!」


 急ぎ足の馬車を思わせる勢いで、次々と民を薙ぎ倒す。無論、死なぬ程度の損傷だ。いかな敵とはいえ、正気に戻れば気の良い住民である。カバキは、この先さえも見据えていた。


「か、囲めぇ! ……ぐあっ!」

「固まるな、ひろが……ぐえええっ!」


 カバキの勢いは止まらない。態勢を立て直させんとする声を聞き分けては、真っ先にそちらへと襲い掛かり、戦闘力を奪う。抵抗心を叩き折る。敵勢から指揮者を奪い、烏合の衆へと変えるための方策だ。それは見事に、効果をもたらし。


「ひ、ひ……無理だ、こんなの……」

「海神様ぁ! お助けぇ!」


 半分が倒れたところで、とうとう住民どもは音を上げた。あちこちから悲鳴が上がり、支配者たる海神なる者へ救済を求める。カバキは無論、それを狙っていた。哀しき住民を、悪しき意思に覆われた街を救うために!


「ワガタミヲ……クルシメシハ……ダレゾ……」


 叫びに応じたのか、海から重苦しい声が響いた。どことなく、くぐもった声。もっとおぞましい、漆黒めいた思惑を、人が解する言葉へと、変換したような声だった。


「ここにいるね」


 カバキは、人々を押し退けて岸壁へと向かった。この『海神様』とやらを倒さねば、己の他にも犠牲者が出る。否、とうに幾人もの犠牲者が出ているのだろう。なおさら、打ち倒さねば。


『どうにも嫌な予感がする。我が威光オーラを纏え』


 内側から、響く声。虹霓竜のものだ。至高の存在、すべての生物の中で真に最強とも謳われる存在が、ここまで言ったことはこれまでにない。あのユージオとの決戦ですら、至高の竜はほぼほぼ平坦であった。


『我が汝と動いていたことが、裏目になったか。【異物】の臭いしかしない』

『つまりなんだ。ここにいてはいけないということか』


 虹霓竜からの声。カバキには、仔細はわからぬ。ただ、排除すべしということだけは理解できた。カバキは黄金の威光オーラをまとい、【海神様】と対峙した。


「おお、神よ! この不埒なる贄に制裁を!」

「その偉大なる御力を頂戴仕れ!」

「■■! ■■!」


 おお、神を名乗るものはいと醜悪であった。タコじみた十本の触腕を持ち、頭部はタコにもイカにも似てうぞうぞと蠢いていた。ぎょろりとした五つの目を備えており、視線を合わせただけでどろりとしたなにかが流れ込みそうであった。


「……こりゃあきっついね」


 カバキが呟く。周囲では、住民どもが歓声を上げていた。神による制裁を望む者。神の御力を欲する者。なにやら意味不明の、聞き取り難い言葉を叫ぶ者。至高竜が言った通り、【異物】であることには相違ない。


『少なくとも神ではない。否。仮に神だとしても、この世には不要なもの。【邪神】とでも言うべきか』

『神だか邪神だかは知らないけど、とにかくぶっ倒すしかない、ってことだけはわかったよ』

『それでいい』


 虹霓竜の威光オーラをまとったカバキが、軽く地を蹴る。いかなる作用によりてか、その身体は常よりも高く跳び、そして舞うような感覚をカバキに与えた。


『ちょっといつもと違うな』

『出し惜しみをしていないからな。アレは絶対に、この世から排除せねばならぬ』

「キサマカ……オチヨ!」


 己に起きた変化について問うカバキへ向けて、海神なるものから触腕が伸びる。五つの目からは、物騒な光が飛び来たった。触腕は光線を避ける形でカバキへと迫り、光線は真っ直ぐに襲い掛かってカバキの動きを制約した。


『嫌らしいなあ』

『多少の被害はどうとでもなる。汝はとにかく接近せよ』

「■■■ーーー!!!」


 光線と触腕を避けつつ、海神へと迫りゆくカバキ。その向こうで、避けた光線に貫かれた民が歓喜の声を上げていた。まさに常ならざる光景。カバキは、内心で誓う。


「コイツは、絶対に神様じゃない。神様ってのは、信じる者に恵みを与えるんだ。だから、絶対に倒す」


 カバキは威光オーラに守られながら海神への接近を果たす。そしてぎょろりとした目玉の一つをめがけ、鋭く神殺しの蹴りを叩き込んだ!


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