第2話 旅立ち

煌びやかな装飾、豪華なご馳走、雰囲気を醸し出す優しい音楽。

そんなパーティー会場のステージで、シズハは家族と一緒にお祝いに駆けつけてくれた来賓に挨拶をしていた。

シズハも結婚が出来る歳になった為、他の国の身分の高い人達が人目見ようと訪れている。

そして挨拶が終わった頃、国王が話し始める。


「お集まり下さった皆様、今日は我が娘シズハの為に、お祝いに起こしいただき感謝する。シズハももう17歳になった。そろそろ婿を迎える歳だ。今日、この場で娘に求婚を申し込むのならば許可する。その中から娘に選ばせよう。前へ」


その王の言葉に驚愕するシズハ。


『そんなっ…聞いてない…!』


本人の気持ちとは別に、王族や貴族が10人程前に出て並んだ。

一人一人が王や王妃、王女に向かって挨拶をしていく。

しかしシズハには突然の事で状況が理解できず、名前も頭に入ってこない。

そして、立候補した中に1人として、シズハの目に叶いそうな人は見受けられなかった。

髭を生やしたおじさんや、若いのだろうが自信満々で見下した態度の者、前に立っているのに嫌そうな者や、本当に貴族なのかという服装の者。

と、そこに……――


「私が姫君をもらってやろう」


その声と共にやってきたのは、隣国…カツェルネのガイツ王子。

前々からシズハに求婚の手紙を送ってきていた人物だ。

しかし、ほかの立候補者とは違い従者を引き連れ、王の前にいるのにも関わらず堂々とした態度。

威圧すら感じられた。


「尚、私の求婚を断れば…ここにいる皆共々処刑してやる」

「……そんな」


カツェルネの王子はシズハに選択肢など与えなかった。

断れば皆が殺されるかもしれないという恐怖を与え、自分に従うように仕向けた。

シズハもそんな事は望まない。


「…っ、わかり…ました。ガイツ王子の求婚お受けします。でもその代わり、ここにいる方々への手出しはされませんようお願いします」

「いいだろう、1時間後船を出す。すぐ支度をするように」


そう言うとそそくさと会場から出ていく王子。

悔しさでシズハも顔を顰めた。

猶予はない、すぐに出発する準備をしなくてはならない。

城の中が慌ただしくなった。

必要な物は後から送ればいい、とりあえずは外に出る支度をする。

よそ行きの服装に着替え、軽い荷物をまとめ、鞄を持った。

出発する前に母に水の入ったボトルを渡される。


「シズハ、城の地下で採れるお水、持っていきなさい。定期的にコレを飲まないと病気になってしまう。場所が分かればこちらから定期的に送れるから…」

「ありがとうございます…」

「こんな事になってしまうなんて…」

「大丈夫です…きっと。なんとかやってみせます」


そう言い城を離れていく。

シズハと一緒に城の警備をしていた兵士も同行し、船に乗り込んだ。

外に出たいと願ってはいたが、こんな形で外に出ることになるとは…。

シズハが乗り込んだ事を確認した船は出港する。

段々と小さくなっていく自分が育った島…。

その光景を見てシズハは涙した…。

しばらく1人になりたいと、船の中に与えられた部屋に籠る。

途中ガイツが会いに来たのだが、気持ちが不安定の為泣いていて会えないと伝えると、しぶしぶ去っていった。

しばらくして泣き止むシズハだが、気持ちの沈みは回復していなかった。

部屋にはデッキがあり、夜風にあたる。


『これからどうしたら…』


不安になり夜空を見上げると、綺麗な月と星空が優しく照らしていた。

夜空が霞む、溢れた涙が頬をつたった。


「あまり外にていてはお身体にさわります」


その言葉を掛けられてゆっくり振り向いて見ると、見た事のない貴族のような服装に身を包んだ、肩まである白髪に赤目のとても綺麗な若い男性が立っていた。

その姿にドキッとするシズハ。

どこから入って来たのだろう…と言うような顔をしていると…上からとその男性はジェスチャーで教えてくれた。


「お部屋にお戻りになられたほうが…」

「どこにいても…私の気持ちは…沈んだままです。いっその事、このまま海に落ちてしまいたい」

「そんな事を言わないでください…」

「なら……どうしたら…いいのですか…」


止まらない涙を慰めるように、男性はシズハを抱きしめる。


「大丈夫です…あなたに覚悟がおありなら、私がこここから連れ出してみせましょう」

「えっ…そんな事、出来るのですか?」

「出来ます。ただ荷物は置いていってください。あなたが身投げしたと思わせなくてはなりません」


少し間を開けてシズハは返した。


「…わかりました…。でも一つだけ持っていきたい物があるので、それだけ…」


そう言い、母から渡された水筒を持つ。


「さぁ…こちらへ」


差し出された手に手を重ねる。

この人について行っても大丈夫だろうか。

でも、今は他に選択肢は無かった。


「私の首に手を回して、捕まっていてください。絶対に離さないで」

「……はい」


言われるがまま、シズハはその男性にしがみつく。

男性もシズハの腰に手を回し抱きしめると、船外に向かって飛び降りた。


「――!!?」


落下するのは一瞬で、ぼふっと何かに包まれた。

どこかに着地出来たようだ。


「私の船です…すぐ出します」


男性は手際よく操舵室に入る。

シズハも後に続いた。

気がつけば、綺麗な星空は見えなくなり、あたりに霧が立ち込めている。

この中を操縦するのは危ないのではないかと思ったが、男性は確信を持って船を出したようだ。

霧の中にうっすらと今まで乗っていた船の明かりが見えた。

それはどんどんと小さくなり離れていった。

船が進み始め1時間位がたった頃、ようやく男性が口を開く。


「ふぅ…少しは距離を取りました、直ぐに見つかったり追いつかれる事はないでしょう。大変でしたね…、連れ出せて良かった」


その優しい言葉にシズハは涙を流す。

そして男性はまた優しく抱きしめてくれた。


「ありがとう…ございます」

「まだこれは小さな船ですが、もう一回りくらい大きな船に乗り換えようと思うので、それまでは我慢してください」

「そんな助けていただいたのに…そんな事は…。でも、行先を教えていただいてもいいですか?」

「私が仕える国、ララシュトです。実は、最近国王になったタカノリ様が、あなたを妻として迎えたいと仰せで…私は迎えの者になります」


その言葉を聞いてシズハはまた少し顔色が曇る。

やはり婚姻は避けて通れないのだろう。

17歳の誕生日に、こんな劇的な変化が訪れるなんて、予想だにしなかった。

だが、あのままガイツの嫁になっていたら、もっと酷い事になっていただろう。

今はもう、この人について行くしかない。


「そう…ですか」

「あまり気を落とされないでください…、私達の今の王は横暴な態度をとったり、無理強いをする方ではない。あなたが嫌であれば、お会いになってから断ればよろしいかと」

「そんな事が許される王様もいらっしゃるのですね…」

「それに、国にたどり着いて王と謁見するまでは、私が責任を持って貴女をお護りします。頼りにしてくださって構いませんよ」

「お名前を…教えてくださいますか」

「私の名前はシラハ・クレーエ、よろしくお願いします、シズハ様」


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