第29話 ナゴミ国の姫

同じ名前の違う人かもしれない。

それでも可能性があるのなら、フウは喉から手が出るほど情報を欲していた。

切なそうな表情をするフウを見ながら、シズハはどう説明をしたらいいのだろうと迷っている。

自分が姫であることを打ち明けるのはリスクが高い。


「私が住んでいた町に、そう言った名前の方がいらっしゃいました」

「あぁ…もしかしたら…本当に…」


そう言いながら涙ぐむフウ。

俯くとその目からは涙が零れ、すすり泣きながらもその人の名前を呼んでいる。


「フウマ…よかった…生きていた…」


フウが落ち着くまで待って、引き続き話を聞く。

フウとフウマは幼馴染で、子どもの頃からよく一緒に遊び、学び、隣にいる事が普通というくらいの生活を送っていた。

これも親同士が仲が良かったためだというが、とある日些細な事から親同士が喧嘩をしてしまう。

それはどうしようもない溝となって交流も少なくなっていき、会ってはならないとフウが言われるほどになってしまった。

普通だと思っていた人が徐々に自分から離れていく恐怖と不安、その時フウは自分の中にあった気持ちに気付いたのだ。

我慢ができず、会ってはならないという約束を破りお忍びでこっそりと会いに行っていたのだが、それがフウの両親にばれてしまいフウマは国からの追放を言い渡される。

自分のせいでフウマが追放になってしまった事に責任を感じ、自分一人では何もできない事に悔やみ、それでもまたフウマとの再会を心待ちにしている。

会えるのなら今すぐにでも会いたいとフウは言う。

でも家出してからというものサムライが自分の事を探していると言い、うまく寝る事も食事もできず馬車に迷い込んだようだ。


「という事は…フウさんは、それなりの身分があると言う事だな…?」


外に食べ物を買いに行っていたシラハが帰ってきた。

馬車の中に入り食べ物をフウに手渡す。

お礼をいいながら、お腹を空かせていたフウは久しぶりのまともな食べ物にありついた。

少し急いで食べたせいでむせているが、たとえそれが素朴なオニギリと少しのおかずだったとしても、生きて食べ物が食べれるという事に幸せを感じているようだ。


「美味しいな…、こんなに食事というものは…大切なものだったのだな…」

「それで…旦那様、先程おっしゃっていたフウさんがそれなりに身分があると…言うのは?」

「街中でおふれが出ているのを見たと思うが、あれは余程重要な事じゃないと出されないはずだ。今の国の状態を見るに、上の身分である事は間違いないだろう」

「フウさん…そうなのですか?」


フウは少し黙ったまま話す事を戸惑っている。


「寝床を使っただけでなく、食事まで奢ってもらったのだ…話さなければ失礼というもの…。私はこの国を治めるキヌガサ家の一人娘、キヌガサ カエデと申す。先程名前をフウと名乗ったのは、私の名前を明かす事で捕まるリスクを避けるためだ…。どうかご容赦してほしい」


よりによってこの国の姫である人が馬車に紛れ込んでいたらしい。

そして今ここにいるのは同じく逃げている一国の姫であるシズハ。

どうしてこんな状況が起こりうるのかとシラハは頭を悩ませる。

今ここでフウをサムライに引き渡したところで、一国の姫を匿ったという罪を着せられ自分達の身が危うくなってしまう。

シズハの身を危険に晒すわけにはいかない。


「帰るつもりはないのか?ある程度外に出て、食べ物を食べる事や隠れて移動することに対しての辛さは経験しているだろう?」

「それは…そうなのだが…、帰りたくない。帰ってもどうせ…私の気持ちなど聞いてくれず、許嫁と一緒になれと言うだけなのだろうから…。それなら私はフウマを探しにこの国を出たい」

「言うのは勝手だが…、一人で協力者もなくどうやって探すつもりだ…。金がなければ旅も続かない、泊まる当てもない、それは無謀というものだ」

「ならば私の命尽きるまで、出来る事をするまで。今ここでは絶対に帰らぬ」


はあー…とシラハがため息をつく。

こうなっては頑としていう事を聞かない人を何人も見てきた、今回もそのタイプだろう。

いつまでもここにとどまっているわけにもいかない、それならば何か対策を考えなくては。


「どうしても帰らないというのなら、同席はさせてもいい。が、こちらの指示には従ってもらう」

「ほ…本当か!?私にできる事ならなんでもしよう!して、何をしたらいい!」

「その長い髪を切って染める。あとはシズハと同じく町娘の恰好をしたほうがいいだろうな…。それである程度は疑いの目を向けられにくくなる」

「なるほど…じゃあ私と同じ黒にしたらどうでしょう?髪色が同じなら、姉妹という事に…なりませんか?」

「まぁそういう設定にしたいのならしてもいいが、新婚旅行になぜ姉妹がいるのかというところはどうするんだ?」

「し…しんこ…!?そうだったのか!本当に私は邪魔をしているな…」

「あー…えーっと…とりあえずそこは置いておいて、会いに行きたい人がいてそこへ向かうために一時的に送迎しているって言う事は…どうでしょう?」

「なるほど、悪くない」


善は急げと、馬車の奥からハサミと布を取り出してくるシラハ。

紙を敷いた上に椅子を起きそこにフウを座らせると、上から布をかけ髪を切る位置を定めた。


―シャキンッ―


肩より少し下の位置で三つ編みにしていた白い髪が切られる。

長さを整え、前髪も切ったが今日出来るのはここまでだ。


「結構雰囲気変わりますね」

「髪を切るくらいなら俺にも何とかなるが、流石に髪を染める薬剤は持ち合わせていない。2つ進んだ街で俺の仲間がいるから、そこで仕入れよう」


もう夕食の時間も近い。

シラハとシズハは宿に戻らなくてはいけない時間だった。

フウにはとりあえずこのまま馬車で過ごしてもらう事になり、見張り役にケライノを置いていく。

トイレ以外に外には出ない事、そして馬車の中のものをむやみやたらに触らないように言い二人は宿に戻った。

宿に戻ると大きなテーブルに2人用の食事が用意されており、この土地ならではの食材をいただく。

温かい鍋に入った牛肉や野菜を出汁で煮込んだ料理や、綺麗に並べられたお刺身、根菜の煮物、つややかなご飯と彩りに添えられる漬物等、二人で食べきれるのかわからないくらいの量だ。

いろいろあったが歩き回って空腹だった二人は、心行くまで食事を堪能した。

夜も更け月明りが綺麗に宿に降り注ぐ頃、ちょうど食事を食べてからもいい頃合いだったため、シラハがシズハに温泉に入ってきたらどうかと提案した。


「わかりました…先に行ってきます。あの…旦那様は…?」

「俺はシズハが出たら入るぞ…?」

「そ…そうですよね!よかった…私だけ独り占めになってしまうのかと…」


ちょっとだけ一緒に入りたい気持ちがあった。

特に何かをしたいというわけでなく、ただ湯船につかっている時に隣にいたら…なんてことを考えていた。


『いつか…一緒に入れたらいいな…』


とは言えシラハも年頃男性ではあるので、何がきっかけで暴走してしまうかわからない。

ましてや、自分の任務は嫁になるかもしれない一国の姫の護衛なのだ。

その任務を忘れ自分が楽しむなどできない。

もしそんな事をしてしまったら、国王から首をはねるように言われかねない。

邪な気持ちが人間としてないわけではないが、それは自分の力でコントロールしなければならないと、シラハはシズハをお風呂に見送った。


『そんな事を…思う日が来るとは思わなかったな…』

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