第24話 水の祭
ラブルの広場には沢山の店が立ち並び、それを目当てに周辺の地域から集まった人で賑わっている。
美味しそうな匂いを漂わせる料理屋から、実用品や雑貨を集めたお店の中央には、この地域では珍しい噴水が設置されていた。
規模は小さいものの、砂漠や荒野であるこの地域で噴水が見れるのは水路が完成したことによるもので、祭の名前もも水の祭と付ける程この地域から水の心配がなくなってほしいという願いが込められている。
エルデというドラゴンが授けてくれたオーブから沸き出すその水は冷たく、人々の乾いた喉を潤す。
今まで水というものは当たり前にあったが、ここまで澄み渡った水でも温度でもなかったため、どれくらい変わったかは試飲することでわかるようになっていた。
広場の一画にはディスフィアが招いた客人や貴族が語り合い、料理や交流を楽しんでいる。
そしてその区画の隣には剣技大会の会場が設置され、観戦できるようになっていた。
賞金を懸けて腕自慢を募集したところ、祭の開催までに20人ほどの参加者が登録した。
1vs1のトーナメント方式で審判員が見守っており、これ以上は命の危険があると判断された場合は即時対戦が中断され、勝敗がつくようになっている。
そして祭の進行と共に人々も増え、楽しそうな音楽が響き渡り盛り上がりを見せる中、予想した通り例の人物が会場に姿を現す。
「誰の許可があって祭を開催しているのだ!私は許可した覚えはない!直ちに撤収しろ!」
広場に響き渡るその声は、ディスフィアが今最も呼び出したかった人物モブリシャス、その人だ。
貴族には挨拶をしながら事情も説明してあったため、その声を聞いた瞬間ディスフィアは少し口元が上がった。
後ろを振り返りその声の主へ向かう…
「僕が計画して祭を開催しているよ。やぁモブリシャス、会うのはいつぶりだろう?」
「貴様…たかがキンネを管理するだけのマーニュ家が、のうのうと私の前に姿を現すとは…」
「そのキンネを価値がないと見捨てたのは誰だい?しかも…見捨てたどころか、この土地に必要不可欠な水を高額で販売するなんて…、統治者としての格を疑うね」
「必要不可欠だからこそ、適切に管理しなければならないのだ。ここで生活している人々の水が最優先であるのは言うまでもない。それを分けるのであればそれ相応の対価を支払わねばならないのは当然だろう」
「ふふ…ははは…」
突然笑い出すディスフィアに対して、モブリシャスは怒りの表情を見せている。
このタイミングで笑い出す事は、バカにしていると感じたからだ。
「いや…笑ってすまない。君にそんな他者を気にかけるような言葉が出てくるとは思ってもいなかったよ」
「貴様…私をどれだけ侮辱する気だ!!」
「侮辱…侮辱だって?この水の祭に参加している人に、真実を伝えてもそのままその態度でここに居れるの?」
ディスフィアの表情が真顔になり、目を見開くとじっとモブリシャスを見上げた。
そして会場にいる人の方を向いて視線を配りながら、ディスフィアは聞いてほしいと言うと、今このラブルやキンネ近隣地域に起きている状況やこれから起きるだろう事を、できるだけわかりやすく伝える。
・水源となっている湖の水が少なくなっており、すでに井戸の水にも影響が出ている事
・その原因を作ったのがモブリシャス本人であり、実行犯を捕えている事
・いずれ水を管理し大儲けをしながら、この地から人がいなくなることを望んでいる事
・その後この場所を金持ちが集う遊び場として再開発しようとしている事
この事実を皆の前で公表すれば、心にもない事を言っているとわかるだろう。
先程モブリシャスがここで生活している人の水が最優先などと言った言葉にディスフィアが笑ったのは、こういった事実があったからだ。
「根も葉もないことを並べおって…!私が直接指示を出したという証拠はない!それどころか、貴様は証拠がないのに私に罪を着せようとしているのだ!」
「君がはいそうですかと認めるなんて僕だって考えていないよ。むしろそうやって反発してくれたほうが読み通りだ。証拠なら実行犯を捕えているし、その実行犯が魔法で塞いだ穴の場所や指示の内容、実際何か計画をしている事は建築業者から話を聞いているけれど、それでも君はきっと認めないのだろうね」
「あくまで私がやったことにしたいのだな。その態度、改めさせてやるぞ」
「どうやって?武力行使かい?それならこうしよう。君のところにいる部下を一人剣技大会に出してほしい。そこで頂点まで登ってくれれば、今僕が言った事に対しては地を這いつくばって謝罪しよう。それだけじゃない、僕がキンネに引いた水路の管理も任せてもいいよ」
「ふん…足りんな、大勢の人の前で私を侮辱したのだ。水路だけでなくキンネごともらってやるし、お前は全財産を私に差し出すといい。全てを失いこの土地から出て路頭に迷い、誰も助けてくれぬ屈辱を味わいながら死ぬといい」
「貪欲だな…。まぁ…いいよ、賭けるのならば僕の全てを賭けてやる」
「交渉成立だ」
こうしてモブリシャスの部下であるゼルガーが剣技大会にエントリーした。
開催は一時間後、それまでにディスフィアは大会参加者として待機する予定のシラハを訪ねていた。
「はぁ…疲れた」
「挑発にお乗りにならなくても…」
「そうは言うけど…あのくらいはやらないと向こうも納得しないだろうし、君の存在がバレても面倒くさいからなぁ…。でも君には…負担をかけてしまったかな…」
「いえ、もともと負けるつもりもありませんし、腕が落ちないようにいい運動になるでしょう」
「誰が相手だろうとそう返せるの?」
「そうでなければ国の外に出て旅などできませんよ」
「それもそうか…。じゃあ…頼んだよシラハ」
ディスフィアが出て行った後は時間まで待機する。
近くの建物の横で戦闘に入る前に少し気持ちを整えていた。
日頃から鍛錬は怠ってはいないが、実戦になるのは久しぶりだ。
「旦那様…よかったらこれを」
広場で買い物をしていたシズハがシラハの元に戻っていた。
その手には小さな石に穴を開け、組紐で編み上げたブレスレットを持っている。
「これは…?」
「広場で自分の好きな石を組み合わせて作ることが出来るブレスレットのお店があったので…。えっと、お守り…です」
手渡されたものを腕にはめお礼を言うと、応援しかできないけれど見守っているから頑張ってくださいと言い残し、シズハはディスフィアがいる近くへと帰って行った。
どんな敵でもなめてかかってはいけない。
着実に勝利をつかみ取らなければディスフィアだけでなくシズハにも危険が及ぶかもしれないのだから。
広場には大きな木の板に魔法でトーナメント表が書かれ、皆の注目を浴びている。
そのボードを横目に見ながら、シラハは気持ちを切り替えると会場へと入っていく。
「これより腕自慢達による剣術大会を開催する!」
観覧席から沸き起こる歓声をバックに出場者の名前が読み上げられ、選手がそれぞれの門から入場した。
シラハは自分の名前をそのまま使う事はせず、偽名を登録している。
名前を知っている人がいた場合、探られる事を避けるためだ。
そして恰好も約束通りディスフィアに用意してもらった仮面とローブを付け、簡単には姿をみられないようにしていた。
「次の選手はドゥンケルハイトー!!」
偽名を呼ばれたシラハは堂々と戦闘フィールドへと入って行った。
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