第27話 テースタの先へ
次の日、今までの事が嘘だったように清々しい朝を迎えた。
ここ数日シズハはよく寝れない日々が続き、シラハとも離れて過ごさなくてはいけなかったことで、不安によるストレスもたまっていたのだろう。
隣で寝ているシラハを見て、安心感と愛おしさに心が満たされている。
『でも…ララシュトについてしまったら…』
所詮、今の夫婦であることは偽装であり一時的なもの。
シラハが優しく接してくれていることも、もしかしたらララシュトにつくまでの間だけのことではないのだろうか…。
だとしたらこの芽生えてしまったこの気持ちはどうしたらいいのだろう。
気持ちを伝えてもいいのだろうか、それとも黙っているべきか。
今伝えても困惑させてしまうだけかもしれない。
それならララシュトの城に着く前に、一度シラハが実家に立ち寄ると言っていた。
『その時が…最後のチャンスかもしれない』
もし断られるとしても、悔いの残らないように気持ちは伝えたい。
そんなことを思った朝、シズハに続いてシラハが起床する。
「おはようございます」
「ん…あぁ…おはよう…」
実はシラハは朝少し弱い。
たまに起きたなと思ってもそのままもう一度寝てしまう時を見た事がある。
普段しっかりしている事が多いだけに、そのギャップが少しかわいい。
朝食を取り出発する準備を済ませ、馬車を停めさせてもらったお礼にグロシにプレゼントを渡した。
まだグロシは少年だが、父と共にこれからもこの場所で過ごすのであれば、ここが緑でいっぱいになる頃には使えるだろう道具のセットだ。
畑を耕し自分達で作物を育て、ひもじい思いをしなくても生活できるように。
そのプレゼントを見てグロシは
「えーとーちゃんしか喜ばないじゃんかー」
そう言っていたが、その価値が分かるのはもう少し年齢を重ねて大人になってからだろう。
ワーラに乗り町外れまで見送ってもらいながら、ラブルそしてキンネを通りすぎていく。
途中知り合いに会った時は何も言わずに手を振って見送ってくれた。
シラハとシズハはまたいつか来ましょうねと言いながら、小さくなっていく町を後にした。
「そう言えばテースタの次は違う国なのでしたよね?」
「あぁ、名前はナゴミ。昔より切れ者の戦闘部族たちが住まう土地だが、とても真摯で義理を大事にする人達だ。戦いが好きというわけではなく、自分の大切なものを守るために戦う種族だと言えるだろう。古い建物も大事にする国だから、こっちでは見ないような建築物も見れるかもしれないな」
「それは楽しみです」
――――――
シズハのいなくなった城で、残った兵たちが会議を開いていた。
「身を投げたとしても遺体が見つからないのは海だからか…?」
「専門家の魔法士を雇って探させたのに見つからないなんて…」
「でも確かに痕跡は海の方へ落下していたんだろう?」
1~3番隊の隊長であるテツ、フウマ、アキト。
姫がいなくなったと連絡を受け、探し始めてからもう随分と経つ。
国王は行方不明のまま、国民には公表せずに調査を続けるように言われているが、有力な手掛かりはない。
捜索が専門の魔法士に依頼し、姫の行方を捜してもらったが、船から飛び降りた痕跡はあるもののその場所から後の行方がわからなくなっているという。
国王としても隣の国との婚姻は、自分の国への侵攻を防ぐためにも是非ともシズハを花嫁として送りたかったに違いない。
生きているという事も考え、あたりの流れつきそうな場所や近くは探したが、目撃情報も身に着けていた物も見つからないのだ。
「おかしくないか?」
「何が?」
「だって身投げしたと言うのなら、姫が水面に落ちた音がするはずだろう?それなのにそれを誰も聞いてないんだからさ…」
「確かに。巡回する兵だっていただろうし、部屋にいるならまだしもそとにいた人が誰もおかしいと思っていないのは…警備として無能過ぎる」
「おかしいことはなかったって言ってたけど…」
「いや…一つある…霧だ…」
「霧?」
「護衛をしていた兵から聞いた話だけど、一時的に霧が出たらしい。しばらくしたら消えたって言ってたけど、もしそれが何かを隠すために人為的に行われた事だったら?」
「なるほど」
「姫がその霧と一緒にさらわれた可能性はあるな」
「だとしたら、さっそくだけど国外に出て探すことも考えなくちゃいけないかな」
「人選、俺とフウマでいいだろ。少人数のほうが動きやすい」
「それなら僕は国王に申請を出しておきます」
タクタハからテツとフウマが、シズハを探しに出る事がこの日決定した。
――――――
テースタで食料や水を揃え馬たちにも餌と休憩を与え一晩休んだ後、何事もなく二人は出発しナゴミ国へ入った。
ナゴミに入る前に積み荷や身体検査をされたが特に問題なく入国する。
大きな川を渡り、少し進むと最初の街ヒュウガに到着した。
二階建ての商店街が立ち並び、近くには神社があるのだろう鳥居も見える。
服装が国に入ってから全く異なり、”キモノ”というものを着ているようだ。
初めて訪れたから仕方ないのだが、服装が違う事で二人はその国の人から見たら物珍しいらしく、注目されている。
「まずは服をそろえよう…。ずっとどこからかじっと見られるのも気が休まらない」
「そうですね、お願いします」
近くにあった服屋に入り、仕立てを頼む。
店員から初めてきたのか、何できたのかとあれこれ質問されるが、新婚旅行だと言うと納得してくれた。
やはり夫婦であるという事には利点が多い。
提案をしてくれたカロッソに心の中でシラハはお礼を言うのだった。
採寸や服の色やデザインを選び、ある程度動きやすいような服にしてもらったところで、手直しをしてもらう事になる。
「今日中にやっとくから、明日取りにきなさいな」
「ありがとうございます、お願いします。それと、このへんに宿はありますか?」
「そりゃあるさね、ちょっとまっとき?今店の暇なもんに案内させるかんね。アヤメ?アヤメー?」
「はい!ここに」
「この方たち宿を探してるんやと。悪いけどニシノさんのところに連れてってやってくれる?」
「はい、わかりました」
アヤメという女性に案内され、ニシノという宿屋に泊まる事になった。
ありがたいことに馬車を停めるところもあり、温泉まで完備されているという。
「おんせん…って何でしょう?」
「自然に湧き出るお湯の事だ。それを施設の湯が溜まるところに流して、いい温度に調節したあとそこに自分で入る」
「お風呂…というものと一緒ですか?」
「そうだな、あれは人工的に自分で温めるが、温泉の場合はもう温まった物が出てくるから、それが違いだ。あとただの水を温めたものと違って効能がある。傷の治りが早くなったり、身体が温まることで病にもいいとされている」
「素敵ですね!それならナゴミ国が栄えている理由もわかります」
ニシノで働く案内員に聞くと、大浴場という大きな温泉も存在するようだが、二人が泊まる部屋にはその部屋専用の温泉もついているらしい。
お客さんが多かったことで、大人数の部屋かそこしか空いていなかったというのもあるようだが、二人専用なら誰にも気にせずゆっくりできそうだ。
「新婚さんなんでしょう?お2人で入られたらよいですよ」
「!?」
声にならない叫びをあげ、二人は見合わせると顔を赤くして視線をそらした。
「ほっほっほっ…そういうところも初々しいですね」
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