第26話 領主交代
シラハにとってそれは半分ほども出していない戦闘だった。
この地域では強いのかもしれないが、シラハがいた国ではこの戦闘力は当たり前に求められる。
「ま…まさか…」
ゼルガーがやられるとは思っていなかったモブリシャスが、腰を抜かして立てなくなっていた。
もう自分を守る強い部下は隣にいない。
「さぁモブリシャス…罪を認めてもらおう」
「き…貴様ごときがこの私に!!誰でもいい!こいつを捕えろ!」
「愚かで…哀れだ…モブリシャス」
ディスフィアの後ろから現れたのは国の首都より派遣された警察部隊だった。
何日か前からディスフィアの連絡を受け捜査を行い、今回の剣技大会もトラブルが起こるだろうと予測し待機していた。
「モブリシャス、貴様を連行し首都にて取り調べを行う」
「待ってくれ!私は無実だ!」
「いい訳は取調室で聞く、大人しくついてこい」
顔が青ざめたモブリシャスを連れ、警察部隊はその場から去っていく。
姿が見えなくなったところで、ディスフィアが勝利の宣言を行った。
「この地の悪党は去った!これよりラブル、テースタは私の管理下となる!民よ、まずはこの祭りで祝杯をあげよう!必要な事は祭が終わった後で良い!この地に安寧と祝福を!」
その場に居た民達からは歓声が上がる。
もうこれ以上生活に必要な水の事で悩まなくてもよくなり、自分達が住んでいた町を追い出される事もなくなった。
広場では音楽が鳴り響き、酒や踊りで楽しむ人々には笑顔で溢れた。
「旦那様、お疲れさまでした。とても…お強いのですね」
「あぁ…ありがとう。ただ、あまり俺の存在を知られる前にここを発ちたい。あまり皆との別れの時間がないんだが、それでも大丈夫か?」
「それは…、やはり私の事や旦那様の事を知られるとまずい…という事でしょうか…?」
「そうだ…、この辺で俺の事を知っている人は少ないし、特にディスフィアも深入りするつもりはないみたいだが、用心するに越したことはないからな」
「わかりました、大丈夫です。私はもとより旦那様に守っていただいている身ですし、一緒にお供いたします」
日が暮れるまで姿を見られたくない二人は、中心部より少し離れた路地裏でディスフィアが用意してくれていた部屋へと移動しようとする。
「ま…待ってください」
すると後ろから、ひ弱な声で二人を呼び止めるゼルガーの姿…。
シラハに負け腕をかばい足を引きずりながらそこに立っている。
「ゼルガー…なぜここに…医療班はどうした」
「抜け出してきたのです…。私は敗北しモブリシャス様も捕まりました。いずれ私も取り調べを受けることになるでしょう。でもその前に一度、あなたと話がしたかったのです」
「あまり動いたらお身体に障ります…、どうかそこにお座りになってください」
崩れ落ちるように座ったゼルガーにシズハは治癒魔法をかけた。
「それで、聞きたい事とは…?」
「あなた様をどこかでお見かけした事がある気がしたのです。戦い方、身のこなし、とても一般人とは思えませんでした。私が昔…とある国の軍に所属していた時にお見かけした方に、よく似ていると思ったのです」
ゼルガーがまだ軍にいた頃、国境では小競り合いがよく起こっていた。
どちらかと言えば相手側の国の国境警備隊が好戦的であり、ただの娯楽のために攻撃してくることが多々あった。
雪が酷く天候の悪い中で攻撃をしてこないだろうと思っていた自軍が油断したところで、相手国はそれに付け入るように攻撃を仕掛けてきた。
その場に偶然居合わせた首都からの部隊によって事なきを得たが、もしそれがなかったら自軍は壊滅していただろうと話す。
そこで救ってくれた部隊の隊長に、シラハがよく似ているとの事だった。
「もしや…あなた様は、あの時のシラハ隊長様なのではないでしょうか…?」
「あいにく…、もしそうだったとしてもゼルガーという名の兵士を覚えてはいない。ただ確かに、一度国境付近で戦った記憶はある」
「そう…だったのですね。いえ、それなら納得がいきます。私は負けるべくして負けたのだと…」
「でもなぜ今ここにいる?」
「私の母が病で倒れてしまったのです。一度国から実家へ戻らねばなりませんでした。病に関しても芳しくなく、治療するためには多額のお金が必要だと言われたのです。病弱な母をララシュトまで連れていくには無理があるため、私はここで働きながらお金を貯め母の治療をすることにしました。しかし、仕える人を…私は…間違えてしまったようです…」
気を失いそうになりながら、ゼルガーは二人に頼みごとをしてきた。
「どうか…私が捕まっても…どうか母を…、たす…け」
そう言い残しゼルガーは気を失った。
母親を助けたい一心で、モブリシャスを頼りお金を貯め治療費を稼ぐ予定だったのだろうが、選択を間違えてしまったようだ。
シズハはシラハに言われ、広場にいたディスフィアに事の経緯を伝えゼルガーを迎えに来てもらう。
「大体の経緯はわかったよ。きっと、彼も僕を頼っていれば違う結果になっただろう。今回捕まる事に関しては仕方のない事だけれど、きちんと取り調べを受けて、知っていることを話してもらう事を条件に、お母さんを助けてあげても構わない。それに、ちょうど強い部下を探してたんだ、いろいろが終わったら僕のところで働いてもらおうかな。それはそうと、君たちもうここを発つのかい?」
「えぇ、明日には」
まだいろいろ聞きたい事があったのにとディスフィアは残念そうに言う。
ただ何か事情があるのだろうと思っていたため、せっかくなら水の祭りを開催中の今日だけは水や料理を楽しむように告げると、シラハ達もそれくらいならと夜は一緒に食事をすることになった。
夕食を取りながら自分の領地のために戦ってくれたシラハに、何か欲しいものやしてほしい事があるか尋ねると、自分達がここに来たと言うことを知らない事にしてくれればそれでいいと返され、その解答にディスフィアも耳を疑った。
「本当に…訳アリなんだね」
「あまり…目立った行動をとるつもりもなかったので、今回の事はシラハではなくドゥンケルハイトがやったことにしておいていただけると」
「わかった、君の名を聞いた者達にもそう伝えておこう。詮索はあまり趣味ではないけど、やっぱり横にいる奥さんも関わりがあったり?」
「さぁ…どうでしょう」
「まぁ一緒にいるって事は、何かしら理由がなければそうはならないよね。でもびっくりしたよ、まさか奥さんがいるだなんて」
美味しい料理でお腹を満たし楽しい歓談も終わったところで、馬車を停めさせてもらっていたグロシのところに2人は戻る。
「にーちゃんたち沢山水を用意してくれたんだな!これでとーちゃんもワーラ達も困る事がなくなった!ありがとう!」
純粋な目からあふれる喜びの表情がとても眩しい。
しかし問題が解決したということは別れがくるということだ。
ファルズにもお礼を言い明日には発つことを伝えると、グロシを含めとても残念そうにしてくれた。
「絶対絶対…また遊びにきてくれよな!」
「あぁ、その頃にはこの地域一帯もきっと緑が増えて綺麗な土地に生まれ変わっているだろう。そしてグロシも立派なお兄さんになっているだろうな」
「まかせて!とーちゃんの右腕になってやるんだから!」
「大丈夫だ、お前はもう俺の立派な右腕なんだから」
「本当!?へへ、やった!」
「じゃあ二人とも、今回はお疲れさま。ゆっくり休んでくれ」
「おやすみなさい!」
「うん、おやすみなさい」
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