第4話 不思議な人

「眠れない…」


横になってもう1時間くらい経つ。

いくら目を閉じて羊を数えても一向に眠れる気配がない。


『いろいろありすぎて…気が張ってるのかな』


窓から外を見ると綺麗な月明かりが見える。

そんな暗闇を見ているとなんとなく不安に駆られた。


『シラハ様…もう寝ちゃったかな…』


先に休めと言われ部屋に入ってしまった為、シラハの部屋はどこか知らない。

とりあえず眠れないので、部屋の外に出てダイニングへ向かった。

廊下の明かりはついていたものの、部屋の明かりは消えていて暗く、何がどこにあるのか分からない。


『…やっぱり…いなかった…』


諦めて部屋に戻るしかないと思い方向転換をすると、コツコツと足音がこちらに近づいてくる。

奥からシラハが歩いてきていた。


「シズハ様、お休みになられていたのでは…?それとも何か飲み物でもお持ちしましょうか?」

「ごめんなさい…寝付けなくて…」

「大変な事があったのです、無理もない」

「あの…ご迷惑でなかったら…一緒にいてもいいでしょうか……」

「わかりました、私の部屋の方が広いですから、よければ」


シラハに手を出され、その手を掴むとシズハはそのまま奥の部屋に連れて行ってもらった。

案内され中に入ると、自分がいた部屋より2倍くらい広く、ソファも2人がけ用になっており、書斎机や本棚が置かれている。

シズハがソファに座ると、シラハは水を出してくれた。


「ありがとうございます」

「いえ、私が寝る前でよかった」


出された水を飲むと、それは冷えていてとても美味しかった。


「シ…シラハ様、あの…」

「はい…?」

「偽装とはいえ夫婦になったので、…シズハ・クレーエと名乗ってもよろしいのでしょうか…」

「えぇ、構いませんよ」

「それと…私の事はシズハと…呼び捨てにしていただきたく…敬語も不要ですので…。夫婦になったのに敬語は…、私はともかくシラハ様にはその方が自然かと思いまして…。カロッソさんに話されていたように、私にもお話ください」


少し考えるようにシラハが間をあける。

そして、切り替えが出来たのか口を開いた。


「わかった、これでかまわないか?」

「はい」


ただ隣に座っているだけ。

何か話すわけでも、触れてくるわけでもなく、シラハは隣にいてくれる。

それがシズハにとって安心したのか、次第にウトウトし始め、身体は傾き、シラハの肩に頭を乗せる形になった。

それに気付いたシラハは、ゆっくりと抱き上げると、自分が寝る予定だったベッドへ運び寝かせる。

すやすやと眠るシズハを見て微笑む。

眠れないと言っていたが、横にいる事で安心して貰えたのが嬉しかった。

そして、自分はソファに横たわり眠りについた。


――――――


朝の軟らかな日が差し込み、鴎の鳴き声でシズハは目を覚ました。


「ん…あれ、私…」


見回すと、今まで寝ていた城ではない天井と部屋。


『あぁ…そうだ…私、お城から出たんだった…。それで…連れていかれた船から、シラハ様に連れ出してもらって…ご飯を食べてから寝たんだけど寝付けなくて………!!あれ?!シラハ様は?!』


飛び起きて周りを確認すると、近くのソファでシラハがすやすやと寝ている。


『私にベッドを使わせてくれて…自分はソファで…。優しい方…』


自分の事を攫いに来たのだろうし、国としてはそれは犯罪かもしれない。

それでも攫われた相手がシラハでよかったと、シズハは安堵するのだった。

もしガイツと一緒に行っていたら、今頃無理やり嫌なことをされていたかもしれない…。

そんな事を考えれば、いつかソラに会いに行けるかもしれないとわかっているほうが、望みはあった。

ベッドから起き上がり白羽に近寄る。

白い肌に綺麗な白い髪。


『綺麗な方だなぁ…、私の…旦那様…』


近くの床に座り、空いているソファのスペースに腕を置く。

その上に顔を置いて目を閉じた。


――――――


「おいおい…、部屋に居ないと思ったら…」


部屋にノックしても出てこなかったシズハを心配して、カロッソがシラハに知らせに来ていた。

そこで見たのはソファで眠るシラハと、その傍で寄り添うように寝ているシズハ。


『偽装夫婦と思えん距離だな…、案外姫さんシラハ様の事気に入ってるな?こりゃあ…もしかしたら…いろいろ動くかも知れん…』


カロッソは今まで何度かカマをかけたことがある。

その度にシラハは女性に興味を示さず、お金や権力、ステータスとして自分に寄ってくる女性を嫌い、デートに誘われようが、パーティに招待されようが、仕事ですら女性を避ける始末だった。

シズハの事も仕事だから仕方なくやっている…最初はそう思っていた。

が、何かが違う。

本来なら女性が近くにいるだけで、何かのアンテナが作動して去っていってしまうのに。

こんなに近くにいる女性はカロッソも初めて見た。


「お二人さーん、すやすやと寝てるとこ悪いけど、本土についたから起きてくれー」

「ん………ん?!」


シラハがその言葉に合わせて起きる。

と同時に自分の置かれた状況にギョッとした。

ベッドで寝ていたはずのシズハが自分に寄り添って寝ている。


『どうしたらいいんだこれは…』


「姫様おこしたら、朝食用意してあるからダイニングに来てくれ」


そう言って去っていくカロッソは少しニヤついていたようにも見えた。


『不思議だ…、今こうやって隣にいても嫌と感じないなんて…。昨日初めて船で出会った時も…何故か自然と抱きしめていたし…。いつも女性なんて…避けてきたのに…』


そうシラハは思いながら、シズハの頭に手を伸ばす。

綺麗な黒髪を撫でながらシズハに声をかけた。


「シズハ…朝だ、起きれるか?」

「……ん、う…」


ボーッとした顔をあげ、うつろな目で白羽を見ている。


「……ひゃうっ!!」


シズハの寝ぼけていた顔が突然普通に戻った。


「わ…私、1度起きたのに、また寝てしまってました…ごめんなさい…」

「いや、少しでも休めたのならよかった。カロッソが朝食を用意してくれている、食べに行こう」

「はい」


2人がダイニングにつくと、テーブルには焼きたてのパンと卵焼き、ベーコンとサラダが並べられていた。

朝食を済ませると食器を片付け、ダイニングテーブルの上に地図を置く。

ルートの確認をするためだ。


「今いる位置がここだ」


シラハが指さした場所は、タクタハの島からは相当離れていた。

そして指をなぞって行先のララシュトを指す。

海が続いていれば5日くらいあれば移動出来る距離だが、そうはいかない。

途中には獣の住む森や、山賊の出る山、険しい谷等もあって、進む道は慎重に選ばなくてはならない。

途中で食べ物や水も確保しなくてはならない事も考え、川沿いに進むというルートだった。


「通り過ぎる国や各地域に、同じ種族の仲間が点在してる。夜はそこにお世話になる予定だが、無理に歩いて怪我をしても国王に怒られてしまうから、状況に合わせて臨機応変に行こう」

「わかりました」


ルート確認を終え、船から降りる準備をする。

と言ってもシズハは水筒しか持っていないので、シラハが荷物を持ってくるまでカロッソと待った。


「姫様…、シラハ様の事満更でもないんじゃないですか?」

「えっ…えっ??」

「今日朝見に行ってビックリしましたよ、あんなに近くにいて」

「すみません…1度起きたはずなのですが、いつの間にか寝ていて…。不思議なんです…、なんとなく安心するというか…」

「そうですかい…、2人の相性がいいのでしょう。隣にいても疲れないとは、大事な要素の1つですから。偽装夫婦って関係かもしれませんが、旅が終わるまでは、普通の夫婦のように接してやってください」

「はい」


話し終えてすぐ、シラハが合流し船を降りる。

歩き始めて船が少し小さくなってから別れを惜しんで手を振った。

カロッソから見えた後ろ姿の2人は、しっかりと手を繋ぎ歩いて行く。

女性嫌いだったシラハが愛を知る、そんな旅になる事をカロッソは祈った。

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