第32話 今伝えておけること
気持ち伝えようとしたシズハの頬を温かいシラハの手がそっと触れ、親指が唇をなぞった。
「何か…言おうとしてるのかもしれないが、良ければララシュトに着くまでは…心の中にしまっておいてほしい」
このまま手が触れなければ、シズハはキヨタダに後押しされた事もあって気持ちを伝えているところだった。
少し照れくさそうな顔をして言うシラハを見ながら、出しかかった言葉を唾と一緒に飲み込む。
今のシラハは任務中だ。
一緒に過ごす時間が長くなりいろいろな場所を観光し楽しむうちに、シラハの中にも任務ではない別の気持ちが芽生えていてもおかしくはない。
ただその気持ちはタカノリ国王からの命令を無視することになる。
少し危険がある旅でもあるが、シラハの中でシズハはもう守りたい存在として認識されている。
今はそれだけで十分なのだ。
「でも…これだけは言わせてください。一緒に旅をしてくれて…守ってくれて…ありがとうございます」
「俺も任務とはいえ…その、楽しませてもらっている。こちらこそ、ありがとう。よし、そろそろ寝るか」
月明りが部屋が二人の横並びになっている布団を優しく照らした。
二人が熟睡するまでの間、その手はお互いの布団の間でしっかりと握られていた。
――――――
「キヨタダー!お腹が空いたのだーー!」
そういいながらドタドタと台所に走っていくフウの足音でシズハとシラハは目を覚ました。
二人でおはようの挨拶をして服と髪を整え、シラハはそのまま居間へ向かいシズハは長い髪を櫛でとかしている。
爽やかな風が髪をなびかせ心地よい朝を感じ、ナゴミ国に伝わる調味料であるミソが家の中に美味しそうな匂いを漂わせている。
朝早くからキヨタダが皆のために朝ご飯を用意してくれていたようだ。
「おはよう、あら…シズハちゃんは?」
「今身なりを整えてるんじゃないか?そのうちくるだろう」
「そうね、女の子ですものね。フウあなたも朝ごはん食べたら髪整えなさいね。寝ぐせでぼさぼさじゃない…」
「私は櫛をもっておらぬ…貸してもらえるだろうか」
「いいわよ」
「すみません、お待たせしました」
皆で朝食を食べる朝、鳥のさえずりと柔らかい日差し…、こんな毎日が続いたらいいのにと思いながらシズハは朝食を口に運んだ。
自分の城にいる時の食事も美味しかったが、周りにいる皆は身分が違う。
一緒に家族で卓を囲みたかったシズハにとって、今のひと時が理想なのだ。
ご飯を食べた後、今後の予定について皆で話し合う。
急ぐ旅ではないとは言え、いつまでもナゴミ国にいるわけにもいかない。
「とりあえず後2日ならここに滞在していてもいいが、その後は移動しようと思う」
「あと二つ国を超えたらララシュトだものね」
「あぁ。今日は街から少し離れたところにある農家のエリアと、保存食の買い出しに行く予定だ。明日は水を汲みに行って、そうだな…この国のお土産になりそうな物を見てまわろう」
「私も一緒に行ってもいいのだよな?」
「かまわないが、はぐれないようにしてほしい」
「そんなことになるわけないだろう?」
その言葉が1番不安であると思いながらも、今回街から足を伸ばして農家を見に行くのはフウのためだった。
作物を育てている光景や漁場、加工している所を見せ知ってもらうためだ。
実は昨日のうちにシラハとキヨタダが事前に見学出来る場所を探して、管理者に問合せてくれていた。
フウだけでなくシズハにとってもいい機会になるだろう。
キヨタダはお客さんの予約が入っており仕事が忙しいため、3人で行くこととなる。
早速支度をし、家を出た。
渡された地図を手に目印を頼りに進んでいくと、20分ほど歩いた所で待ち合わせ場所の神社にたどり着いた。
迎えてくれたのはサナダという人物で、中年くらいの優しそうなおじさんだった。
そこからさらにまた20分かけて家まで案内してもらい、農作物を育てている所を見学する。
種から始まりそれを植え、月日をかけて育ったものを収穫するまでの流れや、肥料の作り方に虫や病気との戦いなど様々だ。
シズハもフウも、いつも自分達が口にするものがこんなにも苦労して作られていた事に驚いており、食べる時にいただきますということも、感謝を込めて言わなければならないと学んだようだ。
サナダの案内で川のほうにつれていかれると、そこで魚を捕っているスナドリという人に会う。
海ほど綺麗な色の魚は取れないが、時期によって取れる魚も違い、今の時期はサケという魚が取れるようだ。
「せっかくだから食べていきな」
2人はそういい、採れたての野菜と魚を持ちながら近くのスナドリの家に行き、スナドリの奥さんと一緒に3人でどんどん料理が出来上がっていく。
出された料理を口にすれば、自然の旨みを感じられる肉厚な野菜や香ばしい香りの焼き魚、醤油漬けにしたイクラが口の中で弾けている。
幸せそうに食べる3人を見て、案内をしてくれたサナダもスナドリも嬉しそうだ。
そんなお昼を楽しんで雑談をしている最中に、近所に住む人が大変だ!といいながら漁の家に駆け込んできた。
「どうしたんだ」
「さっき近所のタナカさんちの奥さんが、路地で出会い頭にサムライさん達とぶつかっちまって、奥さんは謝ったんだが、謝罪を受け入れてもらえず連れていかれちまった!あの例の奴らだ!」
「まさか、洛陽の集か!?」
「なんですか?洛陽の集って?」
サナダ達によると、3ヶ月前くらいからこの地に越してきた役所のユキムラという人間が派遣しているのが、洛陽の集というサムライの集まりだと言う。
威張り散らしていることや、難癖をつけて金を払わせたり、食事をしてもツケておけと金を払わないで帰るなど、一般人なら連れて行かれそうなことを平気でやっているらしい。
住民の間ではとても評判が悪く話し合いにも行ったようなのだが、門前払いをして中に入れることすらしないようだ。
違う人間をお願いしようと最近代表を決め、ナゴミ国の本部がある街に相談しに行っているところだと言う。
「あの洛陽の集にここらで歯が立つやつはおらんからの…どうしたもんか…」
「旦那様…」
「あまり…干渉したくはないんだが、聞いてしまった以上やむを得ない。その洛陽の集の拠点になっているところまで、案内をしてもらえますか?」
「にーちゃんまさか、アイツらとやり合う気か?!」
「沢山案内をしていただき、学びそして食事までご馳走になりました。私はただその恩返しがしたいだけです」
「でもよぉ…」
「他に頼める人がいねぇ…サナダさん、頼むしかねぇよ!」
「わかった、案内はする。でも無理はしねぇと約束してくれ!」
そう言い、真田はシラハ達3人とスナドリの家を後にした。
走ってから15分も経てば地域の役所が見えてきたが、シラハはともかく体力のないシズハとフウは、近くの店先で待たせて貰うこととなった。
ただの通行人として1度その前を通り過ぎるが、見張りがいて正面からは入れそうにない。
路地を曲がりどのくらいの広さがあるのか把握するため、目立たないようにシラハは屋根に登る。
大体の土地の広さと構造物を遠目に眺め、屋根の上からアルキュオネを召喚、役所の方を偵察させた。
その役所の2階から連れ去られた奥さんだろうらしき人を窓から確認すると、椅子に縛り付けられているようだ。
「まぁ…連れ出すくらいなら、上から行けば大丈夫だろう」
シラハはさらにケライノを召喚し役所へと向かって行った。
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