第31話 庶民の生活

やっと堂々と外へ出かけられるようになった。


「いい?おどおどしていては効果が薄れてしまうから、自分が姫であるということを忘れるくらいの気持ちでいなさい。自分の目的を果たしたいならなおさらね」

「わかった、恩に着る」


次の日、清忠に言われた事を守るように、外へ出て街を歩いてみる。

平然を装ってはいてもフウの心臓はバクバクである。

しかしいざ自分と言う対象が、ただの一般人と同じであると理解することで心臓の鼓動はおさまった。

子どもの頃家来を引き連れ街に出たことはあるが、自分の身分と言うものが邪魔をして庶民と同じように過ごすことは出来なかった。

当たり前の事なのだが、それでも自分が特別な存在であることからは逃げることはできない。

やっと今までと違う自分を手に入れて、庶民の生活を見る事ができると思っていた。


「フウさん、どこか行きたいところはある?」

「フウで良い。それに世話になっているのだから、敬語も不要だ。そうだな…普段皆がどのような生活をしているのか見たい。自分の行動の参考にするという目的で。私はそう言ったことを知らないから、身バレしないように知恵がほしい」

「そっか…、それなら私より旦那様やキヨタダさんの方がいいかも」

「それなら一度街を見て、帰ってからキヨタダに知識とやらを叩きこんでもらうか」


外である程度得られる情報もある。

そもそもフウが知っている知識を言ってもらい、それについての補足説明をシラハがしていく。

城の中で両親や家来に教えてもらっただけの情報が、実際に見る事でどういったものだったのかを理解していく。

ただの言葉、文章だけでは想像できないのは当然で、見る事でより深い知識が得られるものだ。

それに他人が教える事は、自分にとって興味のないものであることが多い。

今のフウは自分が興味のあるものから順々に言葉にしていくことで、頭の中に記録されていく状態だ。

例えそれがただの食べ物だったとしても、収穫するまでの工程やその後の加工、そしてそれが流通し料理する過程を経てここにあるという事も、具体的に教えてもらえるのは楽しい事だ。

今までと違うのは、フウの勉強が学びと学習に変わっていることだろう。


「キヨタダ!紙と筆はないか!書き留めておきたいのだ!」


家に帰ってきて早々、キヨタダに書くものを求めるフウ。

しょうがないわねと言いながら、棚にあるまっさらな状態のノートを出してきてくれた。

筆はフウが使った事のない万年筆というもので、キヨタダに使い方を教わり今日街で見たものや記録しておきたかった知識を書き残していく。

この地域ではあまり入手がしにくい筆記用具だが、それができるのはキヨタダもゲシックト族の血を引いているからだろう。

シラハにも頼まれて、キヨタダはこの土地の基本的な知識や知っている事を教えてほしいと頼まれ、夕飯のあとなら大丈夫と引き受けてくれた。


「あ、お夕飯の準備私も手伝います」

「えぇ…そんなシズハ様にそこまでしていただくわけには」

「いえ、私も色々な事を学びたいので、料理とかも教えてください」

「なるほどね、それならかまわないわ」

「じゃあ俺はフウのまとめを手伝っていよう。おそらく一度で全部は覚えてられないだろうからな」


それぞれが過ごす夕方。

シズハはキヨタダに今日のメニューを聞いて作り方を教わる。

実はシラハが好きなものをチョイスしていて、これから旅先で作ったら喜ばれると言われた。


「やっぱり…わかってしまいますか…」

「ふふ、見たらわかるわよ。ただ…あなたも大変ね。これから超えなくちゃならない壁が沢山ありそうだもの」

「そうですね…、まさか私も…17歳の誕生日を機にこんな事になるなんて思ってもいませんでした…。でも…迎えに来てくださったのがシラハ様で…よかった」

「好きになるのに時間はかからない…か。いいわねぇ…ずっと一緒にいられたらいいのにね」

「この旅が終わったら…なんて…考えたくないです…。本当にララシュトの国王様は…お断りしても大丈夫なのでしょうか…」

「だってあの国王、もう2人妻がいるはずよ?」

「え?!」

「え?やだ、知らなかったの?」

「はい、そういった情報は聞いていなかったので…」

「はぁー…もう、シラハったら…。あなた素直過ぎるわ、もっと自分が連れていかれる国の事聞かなきゃだめよ。夕飯終わったら私がフウの事見るから、ちゃんと二人で話なさいね?」

「…はい」

「いいえ、あなたが悪いんじゃないわね…シラハに責任があるわ…。あとで叱っておくわね。だからあなたは気にせずに、機会があるなら気持ち伝えちゃってもいいと思うわよ」

「ひぇっ…!?あっ、う…うぅ…」

「さぁさぁ、あともう一息よ、仕上げちゃいましょう」


少し動揺しながら、キヨタダと一緒に夕飯を仕上げそれぞれのおぼんに盛り付けていく。

出来上がった食事を二人が過ごしている居間へ持って行くと、フウが少し疲れたのか眠たそうにしていた…が、食事をみた瞬間に目が覚めたようだ。

食事をしている間シズハがシラハの方を見ると、キヨタダの言う通り好きなメニューだったのかそれを美味しそうに満足そうに食べている。

その後食事が終わってから必要な事をきちんと話していない事をシラハはキヨタダに注意され、時間を取るように言われたため二人は眠くなるまで情報交換をすることになった。


「それで…あの…キヨタダさんが言っていた、ララシュトの国王様はお2人と結婚されているというのは…本当でしょうか…?」

「事実だ…すまない、話しておくべきだったな…」

「いえ、今すぐ何かが変わるわけでもないですし、ララシュトに着くまでに聞けていれば大丈夫だったので…。でも、私が知らないこと沢山あるので改めてお聞きしてもいいでしょうか?お名前はタカノリ様とお聞きしていますが、ご年齢や身長、性格など教えてください」

「わかった」


タカノリは身長173cmで、22歳、髪は赤色で瞳はパープル、国王としてはあまり見ないフレンドリーな性格という。

19歳の時に前の国王が病死し、跡を継ぐ形で国王になり2人の妻を同時に迎えたようだ。

国王として好き勝手するわけでもなく、妻である2人も大事にしているという。

それならなおさら、シズハを嫁にしたいという気持ちがよくわからなかった。


「国王というのは、何人か妻がいるのが普通なのでしょうか…?」

「国によると思うぞ。今の国王の妻は双子なんだ…だから珍しいタイプだとは思う…」

「私がタカノリ様に呼ばれた理由がよくわからないのです。普段から女癖が悪いとかなのでしょうか…?」

「それもないな…双子とはいえ、両方とも仲がよくて、遊んでる雰囲気もない。国民のために日頃から真剣に動いているし…、俺も命令を受けた時は耳を疑ったくらいだからな…」


タカノリが何を考えているのかは、本人に直接聞かなければわからないだろう。

ただ、シラハの中ではタカノリの普段の行動を見ているが故に、新しい妻というのも口実で何か理由があるのだろうと考えたのだ。

だからこそシズハに嫌なら断ってもいいと告げた。

真相はララシュトに着いてからになるが、これでシズハにとっての肩の荷が少しでも降りてくれたらと思っているようだ。


「そうですか、だから私に断っていいと言ったのですね…」

「あぁ…。連れていかなくても断れるならそれはそれでよかったんだが…シズハの国も今戻れない状態だからな…」

「いいえ、感謝してるのです!旦那様に連れ出して下さらなければ…今頃私は…。それに、今とても…とても楽しいのです。今まで見た事のない世界を見て知って…幸せだと思うのです。ですから、一緒に行けるところまで…連れて行ってください。旦那様…いえ、シラハ様となら…。私は…」

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