第8話 ハルクート

次の日、目が覚め2人は支度を済ませると、待ち合わせ場所だった町長の家の近くにある倉庫に向かった。

待ち合わせ時間に間に合うよう、ホテルを早めに出て早めに着いたはずだったが、既に村長達はシラハ達を待ってくれていたようだ。


「おぉ、来なさったな?」

「すみません、早めに着いたつもりだったんですが」

「いやいやかまわんよ、ワシが勝手に待っておっただけだからの。さて、さっそくじゃが…これを君たちに渡したい」


そう言いながら村長が移動した先にあったのは、たくさんの木箱に詰められた物資だった。


「わぁ…!」

「こんなに沢山…いいんですか?」

「いいんじゃいいんじゃ、どうせまだ旅は続くのじゃろう?あの巨大な石を退けてくれなかったら、ワシらも商人らも大損害を被っていたところじゃからの。このくらいでは足りんくらいじゃよ」


シラハが物資の中を覗くと、水や食料、鉱石やドラゴンの卵が入っているだろう頑丈そうな箱が見える。

とは言え、木箱10ケースにもなる物資をどう運べばいいのだろう。


「この荷物…どうしたものか…」

「そう言うと思ってな、小さいが馬車も用意しておいた。余程の酷い雨でなければ、少しは雨も防げる。大事な奥さんに風邪をひかせるわけにいかんじゃろ?」

「何から何まで…ありがとうございます」


さっそく奥から出てきた馬車の中を確認する。

貴族が乗っているような優雅な馬車ではなく、荷台に布がある幌馬車と呼ばれるタイプだ。

さほど広いわけではないが、座る場所もあり、小さいがテーブルも用意され、2人で旅をするには十分な設備だった。

村長にいただいた荷物を運び荷台に乗せ、これから旅を共にする馬に挨拶をしに行くと…


「ぶるるる…」


と、鼻を鳴らすように鳴いている。


「この馬の名前はアダマスというんじゃ。人懐こいからお主らにもすぐなれるじゃろう」


アダマスの名前を呼び、2人は食料と水をあげた。

これから先共に旅をする仲間として、そしてきちんと体調を整えて移動できるように。

村長と鉱夫達に見守られ、2人は旅立つ。

道中の安全と、良き度になるよう祈っていると言われながら、見えなくなるまで手を振った。

実はここで馬車が手に入らなくても、次の街で馬で移動する予定だったのだとシラハが言う。

もともとハルクートまでは自分の馬で来たようで、仲間の家に預けてあるらしい。

ハルクートに着き次第、その馬も一緒に合流し旅を続ける事になりそうだ。

移動し始めてから1時間ごとに休憩をはさみつつ、目的地を目指す。

日もだいぶ傾き始めたところで、ようやく小高い丘の上から目的地だったハルクートが見えた。

日が落ちてしまう前にハルクートに入ることができ、仲間の家にたどり着くと、シラハはドアをノックし女性の家主と話している。

敷地内にある倉庫付近に馬車を停め、シズハが馬車から降りた。


「ひゃぁ…、本当に連れて来ちゃうとは…。カロッソさんも驚いてたんじゃないですか?」


町娘の格好をしてはいるが、なんとなく発せられているオーラが一般人とは違う。


「初めまして、シズハ・クレーエと申します」

「おぉ…名前まで完璧…。カロッソさんの手紙に書いてあった通り…。初めまして、私はシエル。シズハ様ようこそハルクートへ。立ち話もなんですから、とりあえずどうぞ中へ」


シエルに案内され、2人は平屋建ての建物へ一緒に入っていく。

靴を脱ぎスリッパに履き替えると、リビングへ行きダイニングセットに腰掛けた。

沸かしてあったお湯でシエルは飲み物を入れ、2人の前に出すと、さっそく今までの経緯をシラハに聴き始めた。

連れ出す時の様子や、連れ出した後の偽装結婚、ハルクートの手前の街であった大きな石と、ドラゴンの卵の事等だ。


「シズハ様はよく…すぐシラハ様の事受け入れられましたね?」

「あのまま船に乗っていたら…今頃私はきっと…酷い目に合わされていたと思います。あの国の王子は冷酷で良い言葉は聞きませんから…。ですから、連れ出して下さったシラハ様に感謝しています。ララシュトに着いて国王様に会い、今後どうなるかは分かりませんが、今はただ、この場所にこうやって居れる事の方が私にとっては嬉しいことです」

「一国の王女様にこのような不便な旅を強いらせてしまうこと、申し訳なく思っておりますが、一緒にいるシラハ様はきちんと仕事はこなす人ですので、安心して頼ってください」

「私は…今も王女なのでしょうか…?」


船に乗って城を出た時は王女だっただろう。

だがその船から降り、身投げをしたと思わせているのであれば、もうタクタハの王女ではないのではないか…そう思った。

あの時点で王女シズハという存在は死んだのだから。


「ふむ…周りが死んだと思い、正式に発表したのであればそうなるかもしれないが…、国王に会うまでは、肩書きはそのままでも構わない気がするな…」

「シズハ様は一般人になりたかったんです?」

「どう…なんでしょう。そもそも国民と接する機会はあまりなく、一般的な家庭でされている料理や家事を、城でも自分でできるように教えてもらってはいましたが、本当の意味でそうなれるとしたら、これからな気がします。この旅で、いろいろな物を見て周り、人々がどんな生活をしているか知れたら、私にも少し近づける気がします」

「自分で家事と料理をしていた…?!普通ならありえない…よく家臣たちが協力しましたね…」

「あ…全部ではないのです。やはりどうしても行事ややらなくてはならない事もありますし…、私1人では城の中を管理するなんてとても出来ません。だから出来そうな事や、興味のある事だけです。でも、私はたくさんの人に支えられて生活しています。その方たちがどんな仕事をしているか、知った上で感謝したかった。だから教えて頂いたんです。それに今はとても重宝しています。教えて貰った知識がこうやって旅で役立っていますから」


シエルが頭を抱えている。

貴族とは、王族とは、ふんぞり返って地位の低い者を見下し、命令する生き物だと思っていたからだ。

だがシズハの口から出ているのは、そのイメージとは真逆のものだった。

きっとこんな王女が城にいたら、家臣たちや国民達からの信頼も厚く、喜んで仕えたり守ったりしたいと思う事だろう。


「はぁ…、きっと今タクタハ国は物凄い騒ぎになってるでしょうねぇ…」

「まぁ…そうだろうな」

「皆にきっと…心配かけてしまっていますよね…」

「仮にそうだったとしても、今は帰れない。いずれ時が来たら、きちんと送り届けるつもりだ。だからシズハはそれまで、俺が責任を持って守る」

「シラハ様…、はい…お願いします」


お互いを見合う2人を見ながら、シエルは真顔になる。


『ほぅ…ほうほう…ほほぉ…』


何かを感じ取ったシエルの顔がにやけ、少し2人にかまをかけた。


「でもシラハ様、旅の途中でご家族に何かあって、急に帰らなくてはいけなくなったら、きっとシラハ様の変わりに、国王が代理の者をよこす可能性もありますよ?」

「……それは」

「……っ!私…それは、…それは嫌です!シラハ様がいないなら…ララシュトにいきません!帰ってくるまで…そこで待ちます!だって…私は…、今は…シズハ・クレーエです…」


急にシラハが居なくなるかもしれない可能性を突きつけられたシズハは、涙目で訴えた。


『ちょっとかまをかけたつもりだったけれど、シズハ様思いの外…シラハ様に溺愛してないか?しかもこれたぶん無意識だぞ??え?いやこれどうするんだ?』


「シズハ…落ち着いて。可能性の話をしてるだけだ…。もしそうなったら、その時考えればいいし、頭の片隅に入れておくのは構わないが、今そうなってるわけじゃない。それに、さっき責任を持って送り届けると言っただろう。だから不安にならなくて大丈夫だ。シエル…ただでさえなれない旅をしながら、知らない異国の地に行こうとしてる、しかも一国の王女様を不安にさせるような事言うんじゃない」

「へーい…すいませーん」

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