第9話 朝の支度
ハルクートについたのが夜だったこともあって、その日は早めに休むこととなった。
シエルは偽装結婚であることを知っているため、シラハとシズハの部屋も寝る時は別々になる。
一緒の方がよかったですか?と聞かれ、特に大丈夫だと伝えてシズハは部屋に入るが、なんとなく一人は落ち着かなかった。
それは見慣れない土地で、部屋で、シラハと同じ種族の人の家とはいえ心から安心できるところではないからだ。
休むための服に着替えベッドに腰かける。
そこから眺める外の景色には、大きな月が二つ寄り添うように、暗闇の海を照らしていた。
何もない事を願いながら布団に入るが、なかなか寝付けない。
『シラハ様が隣にいる時は落ち着いてスヤスヤ寝れるのに…』
どうしてあんなに落ち着くのだろう。
まだ知り合って間もないと言うのに…。
シラハ以外に頼る人はいない。
出会ってからずっと包み込んでくれるような優しさに、そのまま浸ってしまっていいのだろうか。
『私はシラハ様の優しさに甘えているだけなのでは…』
身体を起こしてそう考えていると、ドアをコンコンと叩く音がする。
「シズハ、まだ起きてるか?」
「旦那様…?はい、起きてます。今開けますね」
そう言いドアを開けると、シラハから休んでいるのにすまないと謝られた。
「大丈夫です。どうかされたんですか?」
「明日の予定を伝えるのを忘れていた。明日街の中心部へ行って必要な物を揃えようと思う。馬車も手に入れられたし、少し余裕も出来たから。シズハにも一緒に来て欲しい」
「はいっ、喜んで」
明日一緒に来て欲しいと言われた事で、心が暖かくなった気がした。
寒くないか、寝れそうかと確認され、大丈夫と返す。
「わかった、おやすみ…また明日」
「おやすみ…なさい」
その言葉と同時に閉まっていくドア。
スローモーションに見え、見えなくなるシラハに切なさが一気に込上げ、シズハはついドアが閉まるのを阻止してしまった。
「……シズハ?」
「あ…あの、……良ければ少し、手を…貸していただけますか」
「……手?」
言われるがままシラハが手を差し出すと、シズハは小さめの両手で優しくぎゅっと握りしめた。
その行動が示すのは、1人で寝る時の不安と寂しさを言わずに、手を握ることで心を落ち着かせようとしている姿だった。
それに応えるようにシラハも優しく握り返す。
「シズハ…、俺の部屋は隣だから大丈夫。それともシズハが寝るまで近くにいた方がいいか?」
「そっ…そこまでは…大丈夫です」
少し顔を赤くして恥ずかしそうに慌てながらおやすみなさいと言い、ドアを自分で閉めた。
『シラハ様は綺麗で…とても優しい…。お顔を見るとすごく恥ずかしくなってきて、胸がドキドキする…。これは…何?』
胸がキュッと閉まるような変な感覚…。
切ないようで暖かいようで、むずがゆい。
今までなった事のない感覚にシズハは戸惑いながらも、与えられたベットに入るとシラハの手を少し触った事で落ち着いたのか、スヤっと寝てしまった。
穏やかな朝日が窓から差し込み、鳥たちが可愛げな鳴き声を響かせながら飛び交う。
「ん…」
なんとなく身体を起こし、ぼーっとしながら外を眺める。
昨日は見えなかった綺麗な青々とした海と、色とりどりの屋根が見えた。
きっと今の自分の髪はボサボサなのだろうなと思い、シズハは部屋にあった鏡の前で髪を整える。
服を着替えて下に降りると、既に街に出るための準備をしているシラハの姿が窓から見えた。
「おはようございます」
リビングを覗きながらそう言うと、キッチンで料理を作っていたシエルが振り向き同じ挨拶を返してくれた。
席に座るように言われ座ると、パンとスープ、サラダとスクランブルエッグを用意してくれたようで、感謝しながら朝食をいただいた。
食事をしながらよく眠れたかの確認と、食べ終わったらシラハの所に行ってほしいという話をする。
わかりましたといいながら、黙々と美味しそうに食べてくれたシズハを見て、シエルは嬉しそうだ。
食べ終わったシズハに何かお気に入りのメニューはあったか聞くと、サラダにかかっていたドレッシングがとても美味しかったと返す。
自家製だったそのドレッシングを褒めてもらえたのは、シエルにとって少し腕が上がった気持ちになれた。
ごちそうさまでしたと手を合わせて食べ終わったシズハは、すぐに外にいたシラハの元へ急ぐ。
「おはようございます、何か手伝うことはありますか?」
「おはよう。いや、もう終わる所だから、あとは時間を見計らって出るだけだ。朝食は?」
「シエルさんに作っていただいて、食べてきました」
「そうか、それならいい」
次の街テースタへ行くまでは、ダクハからハルクートの3倍以上の距離を移動しなくてはならない。
途中で野宿する事になるため、ハルクートで念入りに準備をしなければならなかった。
しかも、間にある街もそこまで大きいものではなく、元々荒野にある為、水不足や食料不足になっている事も十分考えられる。
持っていくなら、テースタの次の街までの量を確保しておきたい。
シラハはそれをシズハに説明した。
「よし、シエルの準備が出来次第出発しよう」
街にいる人間は、日常で顔なじみのある人にはコミュニケーションを取りやすい。
シエルは仲介に入って物資を確保しやくすしてくれるようだ。
中心部へ行く馬車には、アダマスともう1頭白い馬が横並びに配置されている。
「この白い馬は…」
「俺の愛馬だ、出かける時はいつも一緒で頼れる相棒と言った感じだな」
「名前は?」
「アルク、性別はオスだ」
「アルク…よろしくね」
シズハがアルクの前に立ち、ゆっくりと近付きながらそう言って鼻を撫でる。
アルクの耳はピンとたっており、触られるのも満更ではなさそうだ。
「珍しいな…アルクは俺と一緒で警戒心が人間に対して強いから、いつも人が近付くと威嚇するんだが…」
「威嚇…?」
「顔を前に出して、噛み付くような仕草を見せるし、だいたい耳がペタっと垂れたりするんだ。馬的にはこれが威嚇のサインともいえる。触れる人間なんてほとんどいないんだ」
「そうなんですか…、私のお城にいた馬も触ったことはあるのですが、特にそういった仕草はされた事ないです。むしろ動物を見かけると、結構寄って来てくれる事の方が多くて…」
「なるほど、そういう体質なんだろうな」
「お待たせ、おお…アルクが撫でられている!?」
「え…やっぱり驚かれる事なんですか…」
「私だって言うこと聞いて貰うまでに結構この子には舐められてたって言うか…、シラハ様が言うから仕方なくって感じの仕草されて…はぁ、何が違うんだか…でもまぁ、新しく連れてきたアダマスとも隣にいれるって事は、相性も悪くないみたいだし良かった」
「そうだな、あとは道中で2匹とも上手くやってくれればそれでいい」
「さて、食料と水…、あと医療品と雑貨、布団…とかも必要かな?今日は買う物たくさんありますから、気合いいれて行きましょう!」
「はい、よろしくお願いします!」
3人は馬車に乗り込み、街の中心部へ向けて出発した。
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