第19話 踊り子

これから寝泊まりする部屋へと案内される。

しかし夫婦で一緒にというわけにはならず、シラハとシズハは別々の部屋になってしまった。

何かあったら直ぐに対応出来るよう、シラハは指輪に魔法をかけた。


「強く握って名前を呼べば、直ぐに行く」

「ぎゅっと握ればいいのですね?わかりました、ありがとうございます」


部屋に戻る前にもうひとつ、シラハには気になっている事があった。

ステージに立ち、皆の前で恥ずかしい格好で踊らなければならない事だ。


「その…皆の前で踊ることだが…」

「心配してくださるんですね…。大丈夫です、少し恥ずかしいかもしれませんが、ここに来ることは自分で決めた事。それに…踊る時は、旦那様も見てくださるのでしょう?」

「ま…まぁ…」

「それなら、私は見てくれる旦那様のために踊りますから、私は私に出来ることをやります。でも…もし何かあった時は、ちゃんと…助けにきてくださいね…」

「あぁ…必ず」


そう言うと2人は別々の部屋へと離れていく。

シラハの方はジャステイーニと同じ部屋のようで、何かと縁があるようだ。

働く動機に関してはあまり関心はできないが、人当たりは良く話しやすい雰囲気がある。


「暫くは奥さんと別々の部屋になっちまったなぁ」


寝泊まりする部屋に行くと、ジャステイーニはそんな事を言いながらシラハに話しかける。

仕方ないと言いながらため息をつくシラハに、夜の営みはお預けだなと少しからかいながらジャステイーニは笑っていた。

一方シズハの方も寝泊まりする部屋に案内されると、一緒に働き同じ部屋で生活する事になるだろう女性と出会う。


「ふーん、どんな娘が来るのかと思えば…、随分と世間知らずそうな雰囲気してるじゃん…。あたしはスカリーナ、これから暫くの間一緒よろしくな」


そう自己紹介をするスカリーナは、褐色肌に金髪の長い髪をポニーテールで縛っており、耳には大きな飾りをつけ、露出度の高い装飾の沢山ついた衣装を着ている、緑色の目の女性だ。

透けている布地と、衣装の作りからして踊り子の衣装で間違いはない。

シズハも実際に踊り子という存在を見るの初めてだった。


「はじめまして!シズハ・クレーエと申します。よろしくお願いします!」


少し緊張しながら挨拶すると、スカリーナはシズハの周りをぐるっと一周した。


「なるほどー…まぁ少し身長が小さいけど、胸は大きいし腰も細い。着飾れば問題なさそうだな」


さっそく衣装合わせをしたいと奥の部屋に連れていかれ、水色や青でまとまった踊り子の衣装を衣装ケースから出してくれた。


「いいか、荒野や砂漠で物資は貴重だ。別にここは奥地にあるわけでも誰も来ない場所でもない。それでも、ここで生きていくには皆がそれぞれ一つ一つの材料を大事にしなきゃらないんだ。生きていくためには必要な事だと覚えていてほしい」

「はい、肝に銘じておきます」


真剣な表情で受け止めたシズハに対し、よしと言いながらスカリーナは早速衣装を着るように差し出す。

はいと渡されたところで、初めて見る衣装をどう着ていくのかわからず不思議そうに見ていると、くすくすとスカリーナは笑い出した。


「ははは…すまない、シズハがどういう顔をするのかちょっと気になってからかってしまった。大丈夫だ、これから着方を教える。あたしがいなくてもちゃんと着こなせるようになってくれよ」


そこから1時間くらいかけてシズハは衣装の着方を学び装飾品を付け、気を付けなければならない事を教えてもらった。

裸同然のような服を着させられるのではないかと不安に思っていたが、装飾や舞い踊ったときに動きが綺麗に見えるように長めの布もあり、大事なところはしっかりと隠されている。


『よかった…これなら大丈夫そう』


口には出さなかったものの、着替え終わってそっと胸をなでおろす。

よく似合ってるよとスカリーナに褒められ嬉しそうにシズハは微笑んだ。

とりあえず1日目という事もあり、シズハもシラハもそれぞれ施設の紹介を受け担当の人と一緒に軽い作業をして終わる。

シラハは地面を掘る作業を、そしてシズハは料理の手伝いや片付けを。

作業が終わってから食堂へ行くと、作業員たちがお腹を空かせて配膳の係の人の前に並んでいた。

スカリーナから今日は私が躍るので、その様子を見ておくようにシズハに言うと堂々とした面持ちでステージへと立つ。

背後から聞こえる演奏に合わせ、スカリーナは踊り始める。

ステージを余すことなく使い、走り、周り、舞う。

食事をする人を楽しませるだけでなく、見たものを魅了するように。

力強くそれでも繊細で、まるでスカリーナ自身が草原や森で踊っているのを想像できるように。

観客を楽しませるために、スカリーナだけでなく交代で踊り子が踊っているが、最初のスカリーナの踊りだけは圧倒されてしまっていた。

その踊りを見ながら隅っこに立っていたシズハの隣にシラハが近づき立った。


「…はっ!だ…旦那様…!」

「そっちはどうだ?なんとかなりそうか…?」

「は…はい、衣装も合わせていただいて動き方も教わりました。私が想像していたものよりは布が多かったのでよかったです。あの…衣装…変では…ないでしょうか?」


いつも着ている服よりは各段に布地は少ない。

素肌をさらけ出しているよりも、透けたり少し見えない方がいいと言う人もいる。

シラハにとっては女性がどんな格好をしていようと今までは興味がなかったのだが、シズハの場合は何故か認識してしまうらしい。

目立つ胸と動いたら確実に見える素足を容易に想像できた。

そんなシズハになんと返せばいいのか戸惑いながらも、ボソッと返事をする。


「踊り子の衣装としてなら…似合っていると思う…」

「そう…ですか…それならよかったです」

「ただ…ここで仕事をする立場があるからその服を着ているのは仕方ないが…、ここを出る時には…もう着ないでほしい…」


踊り子という職業は娼婦との関係性を連想させ、いいイメージは持たない人が多い。

露出度も多くの男性の目を引き、美しい女性同士の交流だけで済まなくなり事件に発展することがこれまでもあった。

それにここは砂漠で監視の目が届きにくい場所であり、仮とは言え自分の妻がそういう目で見られる事がシラハにとって嫌だったのだ。

ただもう着ないで欲しいの言葉の後には、とある言葉が続く。


「…俺以外の人の前で…」


その言葉に少しびっくりしたシズハだが、自分で旦那様のために踊りますと言った事も思い出し、微笑みながらはい!と返事を返した。

そんな事を語っているうちに、ステージにはスカリーナが戻っており皆に語り掛けている。


「今日新人が入ったんだ、だから皆に紹介しようと思う。シズハ、さぁステージへ!」


名前を呼ばれシズハはスカリーナのいるステージへと駆け上がる。

観客席はシズハにくぎ付けになっている。

小声で自己紹介をするよう言われシズハは自分の名前と軽い挨拶をすると、観客席は盛り上がって歓声を上げている。

その様子を傍らから見ていたシラハは、何が何でも仕事を早く終わらせここを出る事を心に誓った。

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