第十四話 鬼才の作家

吉田エミリーとは、ロシア人の父と日本人の母の間に生まれたハーフの女性作家である。五年前に突如として現れた鬼才であり、彼女の書く恋愛小説の多くが高い評価を受けている。涼が雑誌で読んだ見ただけでも二度もコンテストで大賞を取っている。そして彼女は大のメディア嫌いということもあり、取材によるコメント以外は顔やプロフィールなどは公開されていなかった。


 涼はコンテストの批評を受け、直接エミリーのもとを訪ねようと彼女の担当編集者に電話で掛け合っていた。世間に顔も晒していない作家に対面できようとは思っておらず半ば諦めていたが、意外にも許可が降りた。そして彼女の家に来るように指示され、一方的に住所を教えられる。


 そうして彼は指定された住所へ来ている。そこは一般的な古民家で大した広さもなく、本当にここが一流作家の自宅なのかと目を疑う。インターホンを鳴らそうとすると、一息吐く間も無く戸が開いた。そこにいたのは、眩い金色に輝き長く伸びる髪を一つに纏め、雪のように真っ白な肌と眼鏡の奥にある青い瞳が特徴的の女性がいた。涼は直ぐに理解した。彼女があの吉田エミリーであると。


「お前が赤城涼か。……中に入りな」


 彼女には涼を歓迎する様子はなく、女性の中では低めの声で中へと招き入れる。


 彼は恐る恐る家に上がり、彼女に着いて行く。過ぎる際に見える部屋の数々。大した家具はなく、限りなく質素であると言えるだろう。そうして廊下を歩いていると、小さな庭が側にある部屋に着いた。そこには他の部屋とは全く違い、大量の本がいくつもの棚に並んでおり、他にもパソコンや壁には写真が貼られている。如何にも窮屈な部屋だ。


「……適当に座って待ってな。お茶の用意でもしてくるから」


 彼女はそう言って台所の方へと向かって行った。


(随分と怖い感じの人だ。貰った批評はあんなに優しかったのに。ただ遠慮しないところはあの文章でも感じられたな)


 涼はエミリーに対面し、そう感じていた。男勝りな口調がそれに拍車をかける。部屋を見渡すと、彼はやはり棚の本へと目が移る。恋愛ものは勿論のこと、推理小説や中には歴史や経済に関係する資料もあった。


「乙女の部屋をじろじろ見るのは感心しないよ」


 戸の隙間から彼女の顔が見え、涼は動揺した。彼女は茶の入った湯呑みを両手に持ち、足で戸を開けて彼に茶を差し出す。


「それで……わざわざアタシの所に来たのは批評のことについてだろ?」


 彼女は涼の前に腰を下ろし、茶を飲みながら言った。


「批評についてと言いますか……俺は一体どうすれば、一流の作家になれますか!?」


 僅かに声を荒げる涼。それを聞いたエミリーは、真っ直ぐな彼の姿勢に目を白黒させる。そして同時に笑いが込み上げる。


「ははは! 何だお前、あんなもんでプロになろうって言うのか?」


 真剣な気持ちを侮辱された気がして、涼は彼女に苛立ちを覚える。


「い、いけませんか!? 俺は絶対にプロの小説家になって、売れる作品を書きたいんです! そのやり方を教えてください!」


 大口を開けて笑っていたエミリーだったが、彼の言葉を聞き徐々に顔が強張こわばっていく。そして彼に対し、ひたむきな眼差しを向け非常に冷淡な口調でこう告げた。


「お前、売れる作品を書きたいから作家になりたいのか? ……小説家舐めんじゃねーぞ。お前みたいな凡人は、揃いも揃ってみんな同じこと言いやがる」


 そして彼女は続けて言う。


「アタシがお前の何に対して気に食わなのかが理解できたらもう一度ここへ来な。どんだけ時間が掛かってもい良いから、自分なりに小説家を目指す理由を考えて来い」


 そして涼は追い出されるように家を出た。あまりにも突然のことで彼は面を食らい、家の前からしばらく動くことができなかった。

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