特別話① 夕暮れの君
ーー2011年 春
高校生になり一ヶ月が経ち五月の連休も明けた後の土曜日。涼は華に連れられて山梨県にある遊園地に来ていた。何故か唐突に学校で彼女に誘われ、訳も分からずに訪れている。
「涼君、お待たせー!」
化粧直しに行っていた華が戻った。涼はまじまじと彼女を眺めると、改めて彼女に対しての恋心が湧き立つ。仕事とは無縁で私服姿の彼女は、モデルとして見たものとはまた違った良さを彼は感じた。流行りの服装に白のスニーカー、そして目立たないための伊達眼鏡。彼女にはそれが周りの人間と大差ない格好のように思えたが、九等身の身長で手足も細く長くあり、誰もがひっそりと彼女に目を奪われている。
「涼君、何してるの? さあ、早く行こうよ」
彼女は強引に涼を引っ張り、園内の中を走って行く。彼は強引な彼女に対し悪い気はしなかった。家族としか遊園地には来たことがないため、新鮮な気分だった。
この遊園地は日本の中でも有名なジェットコースター、そしてお化け屋敷がある。涼はお化け屋敷が得意で、華はジェットコースターが一番の楽しみだった。逆を言うと、涼は落下運動のアトラクションが苦手であり、華は心霊系のものが恐ろしく過去に遊園地に来た時も敬遠している。
そんな彼らが衝突を避けられないのは必然だった。まずどのアトラクションに向かうかを話し合おうとすると、問題が生じる。
「まずはやっぱりジェットコースターからーー」
「お化け屋敷に行きましょう」
華の提案を遮るようにして涼が言った。華はそれに対して猛烈に反対する。
「はあ? そんなものより、遊園地といえばジェットコースターに決まってるじゃない!」
彼女にはジェットコースターに行きたいという欲もあるが、それ以上にお化け屋敷は避けたい気持ちの方が大きくなっている。それ故に必要以上に彼に怒鳴りつけるようにして意見した。
「いやいや、あんなものの何が楽しいんですか? 遊園地といえばお化け屋敷。子供にだって分かることですよ」
彼女の意見に反論する涼。どちらも譲ることのない状況が続き、彼らの周りにはそれを白い目で見る人が数多く通り過ぎて行く。
「……もういい。こうなったら、どちらも行けばいいでしょ?」
「え……まあ、そうですね。そうしましょうか」
渋々相手の主張に折れた二人だったが、彼らはこの決断を大いに後悔することになるのだった。
◇◇◇
結局涼と華の二人はお互いの願いを聞いたことで満足し、そしてぐったりとベンチに座り心身共に疲れ果てていた。涼はジェットコースターの頂上で気絶しかけ、華は本格的なお化け屋敷に背筋が凍りつき膝から崩れ落ちた。その前に遊んだいくつかのアトラクションのことなど、とうに忘れている。
彼らが遊園地に来てもうすぐ五時間になろうかという頃、辺りは夕暮れになっていた。近くの売店で飲み物を買っている最中、華があるものを見つけ彼に提案する。
「ねえ涼君、最後にあれに乗っていかない?」
華が指差したのは観覧車だった。疲れ果てた涼もそれに反対することはなく、二人は観覧車に乗ることにした。
扉が閉まり、徐々に上へ上へと登って行く。夕暮れを背景にして窓から見える遠くの山々、そして下の街並みが茜色に照らされ二人には美しく感じた。
景色を眺めていると、二人の乗るゴンドラが観覧車の頂上に到達した。そんなことを気にも留めず景色を嬉々として展望する涼。華は彼のその横顔が愛おしく思えた。そして不意に彼の左頬へ唇を重ねた。
「……えっ?」
景色に心を奪われていた涼も、突然のことで動揺した。思わず顔が少しずつ赤く染まっていく。照らされる夕焼けなど関係もなくなるほどに。
華自身も自分が何故彼にキスをしたのか理解できなかった。ただ、無垢な少年のように目を輝かせ景色を見渡す彼のことが羨ましく思えたことは彼女も自覚している。
自分が何をしたのか理解すると、華も僅かに恥じらう。それを誤魔化すように彼を揶揄うように言った。
「今日のデートのお礼! 涼君さえ良かったら、また遊ぼうね!」
緊張か羞恥心か。その時に見せた、僅かに頬が赤く染まった彼女の笑顔はどんな景色も遠く及ばないほど秀麗なものだった。十年が過ぎた後の涼も忘れられないほどに。
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