第十六話 才能の在り方
救急車によって病院に運ばれたエミリー。付き添いとして同行した涼は、治療を終えた医師に彼女の病気を説明される。
彼女の病名は【感染性心内膜炎】。心臓の弁に感染が及び、弁破壊や弁膜症を引き起こすものである。血流に入った細菌が損傷のある心臓弁に達することで起きる。幸い彼女の症状は軽いもので命に別状はなかったが、医師からは『一ヶ月間の絶対安静』を言い渡された。
彼女は治療後、そのまま入院することが義務付けられた。涼は彼女が通された個室に入る。するとそこには元気そうに体を伸ばすエミリーと、彼女のノートパソコンを持った男の担当編集者の姿が。
エミリーは男からノートパソコンを受け取るや否や、新作の小説の続きを書き始める。
「ちょ、ちょっと! 何やってるんですか吉田先生! お医者さんが絶対安静だって言ってるんですよ?」
エミリーは涼の言葉に耳を傾けず、楽しそうに舌舐めずりをして文字を打ち込んでいく。彼女を心配しその手を止めようとすると、傍らで黙って見守っていた男が阻んだ。
「こうなったら先生は止められないよ。僕達は先生の集中力が切れるまで黙ってみているしかない」
そう告げられた涼だったが、とても容認できることではない。直ぐに彼女を止めるべきだと考えていた。しかし踊るようにキーボードを打ち込む手と、病体にも関わらず満悦な表情で文章を考える彼女の表情を見て、その気持ちは次第に薄れていく。それと同時に、小説家としての彼女に憧れた。
(この人は何でこんなにも楽しそうに小説を書けるんだろう? 結果を出し続けているからなのか?)
涼がそう感じていると、突如小説を書く手を止めたエミリー。そして彼の方に顔を向けて言う。
「いいか赤城。アタシが思うに才能ってのは『そのことが他の何よりも好きである』っていうことだ。他のものは後で幾らでも付いてくる。小説家で言えば、表現力やアイディアなんかだな。つまり『何もかもを捨ててでも、それだけは絶対に譲れない』って思うことができれば人間どうにかなるもんさ。……ただこれはアタシの師匠の受け売りだが、実際のところは口で言う程簡単なもんじゃない。特に【天才】って呼ばれる奴らは、それが行き過ぎちまってる者のことを指すんだ。あんなのは人を敬って作られた言葉じゃない。人間が人間を畏怖の目で見た結果さ」
彼女は真剣な眼差しで彼を見つめて言った。
「アタシの場合はこんな体で無理しているとしても、書いてない方がストレスが溜まって体に良くないからね。それに、病気になったおかげで良いアイディアが浮かんだんだ」
付け加えて彼女は言う。狂気の沙汰とも言える彼女の姿は小説家の鏡のようで憧れ、そして恐ろしくも思える。
それを聞き、涼は覚悟を試されていると感じた。考え込む彼の姿を見たエミリーは、無垢な彼の姿が我が子のように愛しく思え、優しく諭すように言った。
「まあアタシのところでお前なりの答えを見つければ良い。好きなだけ面倒見てやる代わりに、お前にもアタシの世話をしてもらうよ」
それを聞いた涼は二つ返事で頷く。期待を胸にその日は帰路に就いた。それと同時刻、医師に『絶対安静』を言い渡されていたエミリーは小説を書いているところを看護師に見つかり、担当編集者の男と揃ってこっ酷く叱られていた。
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