第十一話 母
夏祭りに行った後の日曜日の昼頃、涼は華に告げられた場所へと来ていた。彼女に渡された紙に書いてある住所を確認すると、そこは大学病院だった。
(こんなところに先輩が会って欲しい人がいるのか)
戸惑いながらも、彼は病院の中へと入って行く。紙に書いてある名前を受付に尋ねると、二階の一番奥の部屋へと案内された。
部屋の前には、【白附美月】と書かれている。華と苗字が同じことを不思議に思っていると、部屋の戸が開き、中から華が顔を出した。
「時間丁度ね! さあ涼君、入って入って」
そう活発に涼を迎え入れる。中へ入るとそこには、鼻に管を入れられ腕には点滴が打たれている中年の女性が座っていた。その体はとても細く、顔色も少し青み掛かっている。
「お母さん、彼が話していた涼君」
彼女は華の母親だった。それを知り、先日の華の物寂しげな様子に納得がいく。それと同時に緊張もしている。
「ど、どうも初めまして! 先輩にはいつもお世話になっています」
少し声が裏返る涼。彼の様子を見て、美月は思いがけず笑ってしまった。
「ふふっ。……ああ、ごめんなさいね。あまりにも若々しくて可愛いから思わず笑ってしまったわ」
彼女にそう言われ、緊張と恥ずかしさが入り混じり涼の顔は赤くなった。そして壁に寄りかかるパイプ椅子を運び、彼女の前に座るようにした。
「いつも華がお世話になっているみたいね。君の話は華から毎日のように聞かされているわ。この子と同じ同好会にも入ってくれてありがとう」
美月は隣に座る華の頭を撫でそう言った。病衣の裾が上がり見える腕はやはり細い。転ぶと折れてしまいそうで心配になってしまう。
「ねえお母さん、彼と少し屋上で話してきてもいい?」
「ええ、大丈夫よ。告白してきたっていいのよ?」
華を揶揄う美月。華の顔が涼と同様に赤くなり、照れつつ美月に怒る。二人の様子を見ていた涼には、普通のただの親子に思えた。
華に連れられ屋上の端の日陰にあるベンチに二人は腰を下ろした。先程までの楽しそうに母と会話する華とは様子が違い、笑顔は一切ない。黙ったまま肩を撫で下ろし、顔を伏せている。話をするために来たのだが、華はなかなか口を開こうとはしない。
五分ほどが経過すると華はようやく決心したようで、涼に話し始めた。
「……私のお母さん、胃癌なの。【ステージ4】って呼ばれている段階で、正しい治療や手術をすれば治る可能性もあるんだって。私はその治療費を稼ぐためにモデルの仕事を始めたのよ。その後女優になるっていう話は、女優はお母さんが目指していた道だったからなの。お母さんの夢を、娘の私が果たすところを見せてあげたいってわけ」
華が淡々と話を進め、涼はそれを黙って聴いていた。それ以前に今の彼女にかける言葉はなかったのである。次第に彼女の心は沈み、表情暗くなっていく。
「私は日に日にお母さんの体が痩せていくのを見て怖くて仕方がない。いつお母さんが天国に逝ってしまうか分からなくて、最近はあまり寝ていることもできないの。でも、お母さんも私のことを心配している。だから私がちゃんと楽しくやってるって安心して欲しくてあなたを連れて来たの」
彼女は涼の手を握って言う。その手は小刻みに震えていた。普段はあんなにも活力に溢れる様子の彼女だったが、母を失うことへの恐怖には耐えられるはずもなかった。涼には華のことが痛ましく思える。
彼は手を力強く握り返し、精一杯彼女を元気付けるように励ます。
「大丈夫ですよ。今は医療も発達しているんですから、俺たちはお母さんの無事を祈って元気にしていましょう」
しばらくの間華の手を恥ずかしげもなく握り続けていたが、その手は夏の昼間にも関わらず非常に冷ややかだった。
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