第四話 才能の壁

涼がチケットに記載されている会場中央の席に座ると、すぐにショーが始まった。華が席を取っていたこともあり、ランウェイを歩くモデルの細かな表情まで見える場所だった。

 しばらくショーを見ていたが、モデルに詳しくは無い涼が見てもレベルの高いものだと言うことが見て取れる。テレビのCMやバラエティで見たことのあるモデルも多く、初めてモデルとしての彼女らを見たが、本業に本気で取り組んでいることが伝わった。


 そして満を持して七人目のモデル、華が歩き出した。


(あ、白附先輩だ!)

 浮ついた心情の涼だったが、彼女が一歩足を運ぶと息を呑んだ。一歩、また一歩と進むだけで彼女の気迫が会場中にひしひしと伝わった。その気迫とは裏腹に淡々と歩く彼女はとても可憐で、見るもの全てを魅了している。彼女が着るだけでその服が良いと誰もが考えもせずに感じてしまう状況になっていた。彼女はとても可憐で端麗で、そして妖艶だった。

 彼女がランウェイの先へ到達すると、涼と目が合った。涼もそのことに気付いたが、彼女は何も感じなかった。彼女はランウェイを歩く時、常に余計な思考や感情を全て捨て去っている。意識してのことではない。彼女は初めてランウェイを歩いた日から無意識の内に集中力を極限まで高めることが出来たのだ。誰に教わった訳でもない。天才という言葉以外に彼女を表す言葉が無かった。

 華の集中力を感じ取った涼は衝撃を受けた。同じ人間とは思えず、今まで自分が人生でして来たちっぽけな努力を真っ向から否定された気がした。

(俺のして来たことは何だったんだろう。小説が好きだからって、頑張れば俺も一流の小説家になって先輩に認めて貰おうと思っていた自分が恥ずかしい)

 華のウォーキングの衝撃によって涼だけでなく、会場中の観客が彼女の姿が頭から離れない。その後の出演者のことなど誰も覚えていなかった。


ーー2022年 秋


 華はパリのスタジオで撮影をしていた。日本のファッション誌のオファーによるものである。

「はーい、オッケーです!」

 カメラマンが撮影終了を彼女に告げると、彼女は早足で楽屋へと戻って行く。彼女のマネージャーと、この日は所属事務所の社長も来ていた。楽屋に入るや否やすぐさま衣装を脱ぎソファーへ寝転がり、そして毎度の如く愚痴を溢す。

「ねえ、撮影長過ぎない? 私は一発で完成させているのに、何かと理由付けて何枚も撮る必要ある? もしかしてあのカメラマン、私のファンで自分の欲のために撮ったんじゃないかしら」

 マネージャーはもはや呆れて何も言わず、その空気を変えるべく社長が彼女の機嫌取りを試みる。彼女は所属事務所の主力であるため、社長と言えども蔑ろにはできなかった。

「まあまあ華ちゃん。今日は良い話を持って来たんですよ」

 宥めつつも社長は華が気に入りそうな仕事を見つけていた。それを聞くと華はすぐ起き上がり、期待の眼差しで社長を見つめた。

「華ちゃん、女優の仕事が入りそうなんだけどやるかい?」

 華は以前から映画の女優をモデルと兼任でやることを願っていた。しかし彼女は作品の好みに厳しく、原作となる本を読んだ結果、今まで一度もオファーを受けたことがない。自分と同格の世界が見えている作家もしくは作品が気に入らなければならないという。あまり本を読まない彼女だったが、読めば不思議と作者がどういう人間か抽象的にだが感じ取ることができた。

 だが今回は社長も今までとは違い自信があり、満を持して彼女に作品を渡し伝えた。

「今回は、金井真先生の『木通あけびの言葉』という作品だ」

 華も金井のことは知っていた。彼もまたと呼ばれていて、気になり調べていたのだ。作品を読んだこともあり、彼も本物であると感じていた。


 その一ヶ月後、華が金井原作の映画に出演が決まったことが日本全国で放送されることとなった。

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