第五話 野望
ーー2011年 春
華の出演したショーを観覧してから三日が過ぎても未だ涼は呆けていた。あれから彼女は学校を欠席しており、その時話ができていないためである。あれから欠かさず同好会の活動場所となっている美術準備室に通い本を読んでいたが、当然彼女は来なかった。
(今日も来そうにないな。他の二年生に先輩が来ているのか聞きたいけど、俺は人見知りだから無理か)
しかし彼の失望とは裏腹に、華が教室へ来た。
「遅くなってごめんね! 三年生の先輩から告白されてて遅れちゃった」
他人事のように話す華。それもそのはず、彼女にとって告白されることは日常茶飯事と言っても過言ではなかった。他のプロモデルと比べても圧倒的な存在感、そして美貌を持つ彼女が人気であることは誰の目にも明らかである。涼以外には。
彼女が告白されていたと知ると、僅かな嫌悪感を抱いた。だが恋の経験が今まで全くなかった彼にはその原因など到底分からなかった。
「いえ、そういえば活動時間なんて聞いていませんでしたし」
彼がそう冷静に返答すると、華は少し苛立ちを覚えた。彼女は彼に嫉妬して欲しかったのだ。怒ったところを揶揄おうと企んでいたのだが、肩透かしを食らったようでそれが気に入らなかった。しかしまた別の揶揄い方を思い付き、彼女は楽しげに言う。
「この前のショー、どうだった? 私、凄かったでしょ?」
彼女にそう言われて、先日を思い出す涼。彼女の作った可憐な笑顔が頭に過り、突然顔が赤くなり気恥ずかしくなった。
「あはは! 良い顔するじゃない涼君」
その反応を見た華はとても満足げである。揶揄われた涼も、特に悪い気はしなかった。それは彼女の人柄のおかげとも言える。
「本当に凄かったです。正直、先輩は他のモデルの方より美人で、歩くところや立ち姿なんかも綺麗でした」
彼が本心を伝えると、今度は華の方が気恥ずかしくなった。今まで出会った全ての人から何度も褒められて来た彼女だったが、この時の彼女は少し違った。揶揄い返されたと勘違いした彼女は慌てて話を変える。
「……それで涼君は何をやるか決めた?」
その質問は彼女がショーの控え室で彼に問うた、その答えである。問われた彼は、まだ完全に決めた訳ではなかったが心に思っていることを話した。
「僕は物心ついた頃から小説が好きで今まで何冊も読み、そのうち自分でも書きたいという気持ちになりました。今まではあくまで趣味として書いて来ました。だけれど先日の先輩を見て、そして話して自分も本気で取り組んでみたいという気持ちになりました」
それを聞くと、彼女は大いに喜んだ。目を輝かせ、彼の肩を優しく叩いて喜んでいる。
「いいじゃないそれ! ……実は私、将来的には映画俳優もやりたいの。で、私が出演する映画の原作を君が書く。完璧な原作と完璧な女優。素敵なことだと思わない?」
それがどんなに難しいことなのか、彼女にも分かっている。険しい道のりを進み、運にも味方されようやく実現できることだというのに、何故か彼女が言うと難しくないことのように思えた。それを聞いた彼もまた目を輝かせた。
「素晴らしいです! 絶対小説家になって、映画にもなる作品を書いてみせます!」
彼の熱意は家に帰った後も冷めることなく、その日は夜通し小説を書くこととなった。
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