第六話 再会

ーー2022年 冬


 赤く染まった紅葉が枯れ始める頃、華は金井原作の映画撮影のため二年ぶりに帰国していた。彼女は既に世間では世界のモデルの中でもトップクラスと言われ、一躍世界中で話題になっている。日本も例外でなく、彼女が帰国した時には大勢の記者が押し寄せ質問の嵐を浴びせた。ニュースでも取り上げられ、日本中は彼女への期待と美貌から歓喜に見舞われた。

 それから数日経った今でも、テレビ局やイベントの主催者などが彼女に対して大量のオファーをかけている。彼女はそれらを全て断った。今は映画撮影の仕事に集中したかったからである。

「はあ。分かってたけど、こんなに大事になっちゃうなんてね。天才も困ったもんだよ」

 華はマネージャーに冗談めかして言った。マネージャーも彼女には少し同情している。

 ホテルの外を歩けば直ぐに目立ってしまうため仕事以外に出歩くことは許されず、退屈するのは当然のことだった。自宅にも帰られず、わざわざホテルに泊まっているのも哀れに思えた。

 しかし華が退屈そうに本を読んでいると、突然部屋の扉を強く叩きつけた音がした。その音に驚き気になって扉に近付くと、その外から僅かに誰かが騒ぐ声が聞こえる。

(誰だろう? 迷惑な記者かファンの人かな?)

 そう思いドアアイから外を覗くと、そこには大人になっていて少し変わってはいたものの見覚えのある男がいた。華は咄嗟にドアを開けてしまった。本当は無視してやり過ごそうとしていたのだ。何故なのかは彼女自身も分からなかった。


「久しぶりね……涼君。十年振りかしら?」

 

 男は涼だった。その周りには無理矢理華の部屋を訪ねようとした彼を止めるべく、ホテルの警備員や映画のスタッフが彼の体を掴み押さえつけようとしている。彼は彼女が帰国していることを知り、居ても立っても居られず、彼女のもとへ訪ねたのだ。無論、以前に交わした約束についてのことだ。彼女は彼の作品に出たいと言っていた。しかしそれが自分のものではなく、しかもライバル視している金井のものともなれば、彼女に対して黙ってはいられない気持ちを抑えることなど出来なかった。だが彼自身も本当は分かっていた。彼女は自分の作品にしか出ないなどとは一言も言っておらず、勝手に自分の作品にだけ出演してくれると思い込んでいた自分が間違っていることに。

「……大丈夫。彼は知り合いだから。みんなは外してもらえる? 彼と話をしたいの」

 彼女はそう言って警備員とスタッフ達、マネージャーも部屋から退室させ、そして涼を部屋に招き入れた。


ーー三時間前


 涼は部屋で小説を書いていた。華の映画出演決定をニュースで見てからというものの、何かに没頭していなければ彼女のことを考えて悲しくなるからだった。しかし執筆に没頭しきれず、鉛筆が思うように走らない。

 そうしていると、彼女の圭子がスーパーのレジ袋を片手に買い物から帰って来た。彼女は涼が悩んでいることを知っていたが、それを聞くようなことはしていなかった。それを言う彼ではなかったし、無理に言わせたくはなかったからである。

 圭子は台所へ行き、昼食を作り始めた。集中しているせいもあるが、空気が重い。

「ねえ、今度の休みはどこへ行く? 私、鎌倉行きたい! 涼はどう?」

 重い雰囲気を壊そうと彼女が明るくそう言う。それに対し涼はただ空返事をするだけだった。

「うん。良いんじゃない」

 普段は彼女を冷たくあしらうことはしなかったが、今の涼には心の余裕がなかった。しかし彼女があることを思い出しそれを話すと、彼は血相を変える。

「そういえば、さっき近くのホテルの前に凄い人集りが出来ていたけど、あれは何だったんだろう? 


(……華だ! そこに華がいる!)

 

確証はなかったが、涼は何故かそう感じ急いでホテルへと向かって行った。

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