第三話 モデルショー
ーー2011年 春
華からチケットを受け取った週の日曜日、涼は国立代々木競技場の第一体育館に来ていた。会場の周りは大勢の観客でごった返している。彼が昨夜このショーについて少し調べた所、日本のモデルショーの中でも上位に位置する有名なショーであることが分かった。そこに出演する華がただの高校生でないことは彼でも分かる。
このような場に来たことなどある訳のない涼は、取り敢えず周りの観客に着いて行くことにした。会場の入り口に着くと、一人のスーツ姿の女性が彼に声を掛けた。
「すみません、赤城涼様でいらっしゃいますか? 申し訳ありませんが、私に同行して下さいませ」
訳も分からず言われるがままに同行する涼。通常の入口ではなく裏口から会場に入ると、長い廊下が続いている。そこにはスタッフやモデルが大勢いた。
ショーの進行の確認をするスタッフ、衣装の確認をして歩き方やポージングを寸前まで考えるモデル。その風景を見ただけでも、涼には彼女らの本気が見て取れた。
廊下の先に進むとその脇には幾つも部屋があり、モデル達の楽屋になっていた。涼は突き当たりにある部屋の前へ案内される。ドアを開けるとそこには、メイクを受け眠りに就く華の姿が。
(眠っている白附先輩、やっぱり美人だ)
緊張と憧れから頬を赤らめつつも、彼女の寝顔から彼は目が離せなかった。すると完全に眠っていたはずの彼女が突然目を覚まし、部屋の入り口に佇む涼に気が付いた。
「あ、涼君じゃん! そんな所に立っていないで、もっとこっち来なよ」
手招きされ、小恥ずかしながらも彼は彼女の座る席の隣へ足を運ぶ。彼の恥ずかしがる様子を見て、彼女は悪戯心が刺激された。
「そういえば私、モデルやってるって言ってなかったっけ? ……どう? メイク、変じゃないかな?」
メイクアップアーティストと呼ばれるプロのメイクが失敗しているはずがない。しかし華はそれが分かった上で悪戯として涼に尋ねている。
「チケットに書いてあったので、モデルだっていうのは知っていました。と、とても綺麗です!」
華には悪戯好きの一面があった。気にいった人間にしか見せない一面で、何故会って日が浅い彼を気に入っているのかは彼女自身にも分からなかった。
「私はさ、この世界で一番のモデルになる。これは夢なんか曖昧なものじゃなくて、決定事項。どんなことでも本気でやると決めたことは実現して来たの、私」
覚悟とも言える真剣な眼差しで涼を見つめる華。その不思議な目力に、彼は目が離せなかった。
「君は何をするの?」
『何を』と問いかけられ、彼は返答に詰まった。彼にもやりたいことはあった。しかし、好きだからと言って何かを成し得られる訳では無い。
彼の困惑した表情を見て、華は少し彼に幻滅した。彼が何をしてどうなりたいかという夢があるように感じていたからである。しかしそれと同時に一つ思いついたことがあった。
「……もうすぐショーが始まるから出て行って。それから、私のウォーキングから絶対に目を離さないで」
華は涼に見せたことのない真剣な眼差しでそう言い、追い出すように彼を退室させた。突然のことで涼は益々困惑していた。
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