第十二話 冬の空の下

ーー2022年 冬


 涼はとある寺院の墓地に来ていた。無論、墓参りのためである。様々な家の墓石の間を通り奥へ進んで行く。すると目的の墓の前には、手を合わせ祈りを捧げる華の姿があった。場所に合わせた地味な服装だったが、彼女は場所に似合わず相変わらずの輝きを放っている。


 墓石には【白附家之墓】と書かれている。それは華の両親の墓だった。華の父は彼女が生まれる頃に他界していたため、この墓が建てられてから随分経っている。そして華の母である美月も、十年前の丁度この日に患った癌が原因で亡くなったのだった。

 祈りの邪魔をしないよう少しずつ足を進めると、それに気付いた華はゆっくりと振り返った。


「……やっぱり来たんだね。毎年私がここに来るといつも供物が置いてあって誰かと思ったけど、やっぱり涼君だと思ったよ」


 涼も墓の前に立ち、用意した菊の花束を供えて黙々と祈りを捧げた。


「短い期間だったけど、君のお母さんには良くして貰ったから。ここには毎回、命日の前日に来ていたんだ。なんとなくここで君と逢おうとするのは気が引けたから」


 家族水入らずの時間を気遣い、涼は華と墓での接触を避けていたのだった。しばらく顔を合わせることがなかった期間も彼女に逢いたい気持ちはあったが、ここに来ることは分かっていてもそれだけはしないように気を配っていた。


「それで、何で今年はそうしなかったの?」


 そう彼女に尋ねられ少し迷いはあったものの、涼は意を決し彼女に告げる。


「今書いている小説に、君のお母さんのこともちゃんと書きたいんだ。君を語る上でもお母さんは重要な要素だ。君がモデルや女優をやる決心をした切っ掛けにもなったって話だから。……ただ、このことを君に黙って書くのは筋が通らない気がして、今日ここで会うことにしたんだ。お母さんにもこのことを聞いてもらいたくてね。待ち伏せるような真似してごめん」


 要望と謝罪の意を込め、涼は深々と頭を下げる。対する華は彼の行動に少々驚きはしたものの、それと同時に徐々に笑いが込み上げてきた。


「あはは! いちいちそんなこと聞きにここまで来たの? 涼君ってば相変わらず律儀ね。私の話を書いていいって私が許可したんだから心配しなくてもいいわよ。それに、お母さんもきっと喜んでいると思う。自分で演じることは叶わないけど、作品に名前を遺せるだなんて素敵じゃない」


 華は本心から喜んでいる。そして思い出すように付け加えて言った。


「あ、そうだ。書くことは許可したけど、もしつまらない作品にしたら私やお母さんが許さないから。それだけは忘れないでよね」


 彼女は冗談混じりにそう言った。彼女に軽く背中を叩かれ無駄口を言い合う状況が、涼には妙に懐かしく思えた。


(十年前もこんな感じだったんだろうか。……良かった。またこんな風に君と歓談することができる日が来るなんて、思ってもみなかったよ)


 十年前の頃を思い返し、彼は幸福感に満ちていた。


◇◇◇◇


 白附美月の墓参りから一ヶ月が経ち、冷気が漂う本格的な冬となっている。彼の執筆活動はいつにも増して捗っていた。

 

 この日は契約している出版社に来て、担当の編集者に書いている作品のこと、そして売り出し方を相談していた。編集者も華のことを書く作品には賛同している。彼女については話題にもなり易く、興味を持つものも多い。そして彼女からも宣伝することもできるという判断だった。


 だが、二人が作品の方針や構成について語り合っていると、突然編集者が編集部の方へ呼び出された。


 三十分程が経過し、涼は編集者の戻りが遅いことに疑問を持った。気になってしまい編集部のオフィスへと足を運び、中を覗こうとする。するとドアが開き、危うく涼と担当編集者が衝突しそうになった。涼は驚き体をすくめ不注意の彼に苛立ちを覚えるも、当の編集者の慌てようが気になりそれどころではなくなっていた。


「そんなに慌ててどうーー」

「大変です、赤城先生! ついさっき、白附華の所属事務所から直接電話があったんです! 『彼女の伝記を制作中止にしろ』っていう電話が!」


 話はここから大いにこじれることとなるのだった。

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