第二十一話 好敵手

週末が終わり、涼と華はいつも通り学校に来ていた。同好会に顔を出すと、常に華が涼よりも先に教室にいる。


「ねー涼君、この前のコンクールはどうだったの?」


 涼が教室に入ると、直ぐ様華は尋ねる。未だ悔しさが残る涼だったが、気丈に振る舞った。


「二位でしたよ。金井真もそのコンクールに出場してて、一位を掻っ攫って行きました。そう言えば今度、その金井真の出席する表彰式に俺も行くことにしました。この目で本人を見てみたくて」


 彼が答えると、目を輝かせる華。


「本当!? じゃあサイン貰って来てよ! 将来有望に作家だし、私も彼の作品好きだしさ」


 金井の作品が好きなことは嘘ではない。しかし、華は彼のサインなど欲してはいなかった。そう言うことで涼の闘志に火が付くことを期待してのことである。


「そんなの自分で貰ってくださいよ。何で完敗した相手にサインを強請ねだらないといけないんですか。そんな恥の上塗りみたいなことしたくありません!」


 涼は素っ気なく返答する。金井の才能への嫉妬心が拭えないのだ。そんな中、更に想いを寄せる相手にそんなことを頼まれれば不快になる。

 

 この時、初めて彼に反抗された華は面を食らっていた。しかし、それと同時に彼に怒りが込み上げる。


「何でそんなこと言うの? あ、そう。『自分にもあんな才能があれば』とか思ってるんでしょう。……大して努力もしてない癖に、良い加減なこと言わないでよ! 私たち・・・が何もしていないと思った? ただぼんやりやっていれば才能が何とかしてくれるとでも? 他人を羨むのなら、自分の限界までやってからにしてよ!」


 彼女は珍しく怒鳴り声を上げた。その時は勝利の安堵から全く気にしてなどいなかったが、グランプリの終わり際に起きたモデル達との悶着が脳裏に過ぎったのだ。妬まれることに慣れていたが、涼までもがそうなるとは思っていなかった。


 涼もまた彼女の怒鳴り声に驚いている。それと同時に気付かされた。自分が努力したつもりになっていたことに。


 その後は、教室に残ったものの二人して全く口を開くことはなかった。


◇◇◇


 週末になると、コンクールの表彰式が行われた。涼はエミリーと共に彼女の担当編集者の車に乗り会場へ向かった。そこは小さな文京区にある区民会館で、スーツ姿の大人達が集まっている。


 時計が十時を指すと、表彰式が始まった。大層なものではなかったが、しっかりとした形式で行われている。その様子をエミリーの隣に座り眺めていると、一人の少年が壇上に上がった。小柄で華奢、更には歳以上に童顔で大きな眼鏡を掛けている。同じ年頃の涼よりも随分と幼く見える。正しく彼が金井真だった。


 彼は主催者に礼をすると、賞状とトロフィーを手渡される。勝利を手にしたのにも関わらず、大して嬉しそうにはしていない。その様子が涼には到底理解できなかった。


(圧倒的なまでに勝ったのに、どうしてあんなにも退屈そうなんだ!? 俺だったら素直に喜んでいるのに!)


 涼の怒りは虚しくも金井には通じない。そもそも彼はこのコンクールには他の参加者とは違い、オファーされて参加することになったのだ。コンクールをより大きく名のあるものにしようと、主催者側が取り組んだことである。金井は普段なら断っているが、主催者の一人に彼の叔父がいるため無下にはできなかった。


 十数分もすれば表彰式が終わった。壇上から降り直ぐに帰ろうとすると、金井の前に涼が立ち塞がった。


「お、おい涼!」


 側にいるエミリーがそれを止めさせようとすると、涼は金井に向かい一方的に言い放った。


「俺は……俺は絶対にあなたを超えてみせます! 勝っても喜ばないなんて余裕、いつかそんな態度が出来ないようにしてみせますから!」


 そう言って涼はその場を去って行った。金井やその周りの人間に頭を下げ彼の後を追うエミリー。あまりのことに金井の周りは揃ってきょとんとしている。


「ねえ叔父さん。吉田先生と一緒にいた彼のこと知ってる?」


 金井は側にいた叔父に尋ねた。


「あ、ああ。彼は君に次いで二位の赤城涼君と言う。今日は二位なのに表彰式に来るって連絡があったが、まさかあんなことを言うためだけに来たと言うのか?」


(彼が赤城先生か! 彼の作品はとても面白かった。また会えると良いな)


 金井は目を輝かせ、小さくなっていく涼の背を眺めている。他人と比べられることが疾うの昔になった彼にとって、これ以上にない程、涼と競い合う未来が待ち遠しくなった。

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