第十八話 変わらぬ光景
ーー2022年 冬
この日は金井真原作の映画【
昨日、いつもと変わらず新作の小説を執筆していた涼。そこへ久しく連絡をしていなかったエミリーから、このパーティーに付き添いとして招待させられ今に至る。着慣れない一張羅のスーツを着ているが、周りと自分の品格の違いに自信を無くしてしまいそうだった。普段はずぼらな格好ばかりをしている隣のエミリーでさえも、煌びやかなドレスを着こなしている。彼を見兼ねたエミリーは小さく声を掛ける。
「そんなに緊張しなくても、誰もお前のことなんて見てねーって。ほら、さっさと挨拶回りに行くぞ」
無理矢理袖を引かれ、各所に挨拶をして回る。普段の自分では絶対に話すことなどない大物達と対面し、萎縮するのも無理はなかった。
「……それではここで、メインキャストの登場です!」
しばらくすると、司会役を務める男がマイクを手にして言った。ステージの幕が下ろされると、そこには有名な俳優達に囲まれる華や金井の姿があった。
そんなにいた数多くの人間が、ドレスに身を包む華の姿には目を奪われる。涼もまたその中の一人だった。他の俳優達が撮影時のことや作品への思いなどを話していると、遂に華にマイクが手渡された。彼女はゆっくりと言葉を探し答える。
「……私はこの作品の小説が好きで何度も読みました。自分の想いを正直に言えずにいるヒロインの気持ちは痛いほど理解でき、それでも必死に伝えようとする姿に感銘を受けました。この役を受けるにあたって、正直あまり演技をしたつもりはありません。素の自分に価値観などが共通していると感じ、この役は私以外に合う人はいないと確信しています」
彼女の堂々たる振る舞い、そして言葉に会場の全員の心を揺れ動かす。撮影前に演技経験のない彼女を抜擢したことを非難や揶揄していた者は心変わりし、魅了されている。そして続くように金井がマイクを手に取った。
「僕も彼女にヒロイン役を依頼して正解だと思いました。外見は凛々しいのに、心はどこか思い切れないところなんてそっくりでしたよ」
それを聞いた華は僅かに恥ずかしそうで、観客から目を逸らし頬を少し赤く染めた。どこか気に入らずその光景を妬ましく思う涼。彼女らの雰囲気を感じた彼は、自分の嫉妬心に嫌気が差した。
◇◇◇
華やかなパーティーもあっという間に時間が過ぎ、終わりを迎えようとしていた。人混みや緊張感で疲れ果て、会場の外にある長椅子に腰を下ろしてエミリーの帰りを待つ涼。するとそこへ、数人の記者などを引き連れた華が現れた。
「ちょっと友人と話をするから、皆さんは席を外してください」
彼女がそう言うと、周りの人間たちは不思議そうにしつつもその場から離れて行った。驚く涼の隣に華もまた腰を下ろす。
「今日はどうしてここに? あなたなんかに招待状が来るはずないよね?」
華は毎度の如く涼を揶揄するように言葉を放った。
「昔の先生の付き添いで来ただけだ。こんな人混みなんて誰が好き好んで来るものか」
ドレス姿の華を見るのは気恥ずかしくなりそっぽ向いて言う。それでも二人はしばらく会話を続ける。
「私も。記者とか俳優に声掛けられ続けて面倒だったわ」
「本当は嬉しいんじゃないのか? 格好良い俳優達に囲まれて取材もされる。こんなに嬉しいことはないだろう」
「そうね。普通の女だったらそれで良いのかもね。……でも私は違う。私にどんな人気が出ようと、一番にならなきゃ意味がない。モデルとしても女優としてもね。それと私の中ではもう一人、その中で一番でありたい人がいる。……それは一体誰だろうね?」
その言葉を聞いた涼は息を呑んだ。その人間が『自分である』と自信過剰にもそう思ったのだ。
「そ、それってーー」
彼女に答えようとするも、それを遮るように彼女が耳元で囁く。
「それはね……私のお母さん」
彼女はそう囁いた。つまり彼を揶揄ったのだ。高校生の頃のように。自信過剰になっていた自分が急に恥ずかしくなり、涼は顔を手で覆い隠した。その様子を見た華は、満足気にその場から離れて行く。その背中を見送る涼だったが、素の彼女の姿に悪い気はしなかった。
そこにはあの頃のように変わらぬ光景があったのだった。
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