第八話 再燃

意見の食い違いから、ホテルの一室の空気が重くなっていた。互いが引くに引けない状況になっており、それが意地っ張りな二人なら尚更だ。

「圭子のこと、何で知っているんだ?」

 涼と華、彼ら二人は後に結ばれることを約束した訳ではない。それは彼をと言った華もわかっている。しかしそれは彼自身の夢を、自分達の夢を諦めるということに他ならない。何故なのか。それは彼が努力して自分に認めてもらい、結ばれたいという気持ちに華は気付いていたからだ。彼女はそれに期待していた。大した才能のない彼が自分のために必死で努力し、成果を出そうと足掻く真摯な気持ちが何よりも心嬉しかった。

 それ故に彼女は今の涼が気に入らなかったのだ。久しく彼に会っていなかったが、先程彼と再び出会い気付いてしまった。かつては目に宿る光が眩しく、その直向ひたむきさには自分にはない憧れを抱いた。だが今の彼は才能の差を感じ、結果が出ず自分を努力を信じられずにいる。曇天模様のような曇った目を目の当たりにして、彼は自分自身を諦めてしまっていると感じた。

「……帰ってくれる? もう撮影現場に行く支度しないといけないの」

 彼に期待することを諦め、部屋から追い出す華。涼もまた、彼女に告げられた事実に直面し放心状態となり、大人しく部屋から出て行く。

「それじゃもうこんな事は辞めてね。一般の人に見られても困るし、ホテルにも迷惑掛かるから」

 そうしてドアを閉める華。しかしドアが閉じかかったその時、涼は隙間に左手を差し込みそれを阻止した。それには華も驚きを隠せない。

「ちょ……ちょっと! 危ないじゃない!」

 彼の手をドアから外させようとする。対する涼は、隙間から顔を覗かせて言った。その表情は鬼気迫るほどに真剣で強張っている。

「今から新作を書きます。……どんなに時間が掛かっても絶対に売ってみせますから。だから見ていてください」

 そう捨て台詞を吐き涼はドアから離れ、その扉は彼女に閉められた。彼の言葉を聞いた華は、閉じたドアの前で微かに笑っている。最後に見た彼の目は、正しくかつて野心に燃えていた頃の彼の目そのものだった。

(いいよ。私が死ぬまでにはちゃんと売れて見せてよね)


 やる気を家に持ち帰った涼。早速執筆活動のためのテーマを決めプロットを作ろうとする。部屋に戻ると、圭子が昼食を既に作り終え食卓に並べたまま彼の帰りを待っていた。

「お帰りなさい。あ、元気になったみたいで良かった!」

 安堵した様子で微笑む圭子の表情を見て、涼は心が痛む。そのやる気が向く先は、華のことを想う気持ちが起こしたからである。彼女は全くそのことを知らず、彼が戦意を取り戻したことが何より嬉しく思えていた。彼女を横目に、涼はプロットを頭の中で作りながら圭子の料理を食べ始める。そのどこかで彼女に対する罪悪感が離れなかった。

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