第24話 運命
私は、その後、石を小さなリュックに入れて、肌身離さず持っていました。寄生生物に感染された身で、当局からも見つからないように、出産をするのは、想像を絶する困難な行いでした。
一人では、とてもできなかった。協力してくれる人を見つけ、また、万一に備えて協力してくれる人に感染させないように、細心の注意をしながら、出産に臨む事にしました。
協力者に関しては、その方に迷惑がかからないために、詳しくはお伝えできません。
ジョンは、大切な手がかりを残していってくれました。部屋で私が観葉植物の植木鉢を倒してしまったときに、彼は、ぶちまけられた土を一緒に集めようとしました。
そして、ヌープは動物以外にも、土にも反応する事がわかりました。その出来事は、この生物の別のやっかいさを私に見せつけました。
しかし、私の中に新たな可能性ももたらしました。
妊娠・出産に関しては、どれだけの問題があるか。調べれば調べるほど、医療的ケア無しで乗り越えようとするのは、どれだけ無謀な事かがわかり気持ちが沈みました。それでも、一つ一つクリアしていくつもりでしたが、特に難しい問題がありました。
協力者に感染させないという事と、もう一つ。
私は協力者に頼んで、有機物が多い土を容器に入れて、部屋に置いておきました。私は数時間ごとに、この土を触りました。一か月、二か月、ジョンのように、体に苔のようなものが生えてくることも無かった。土に触れても、私の手からは、ヌープの触手が出てくる事はありませんでした。私の中の化け物の感染能力は――鍵の石によって、少なくとも他人への感染能力は――抑えられていることが「土」で確認できた。
私が、恐れていたのは、ヌープの影響が胎児に及ぶのではないかということでした。
「土」はヌープが眠っているかどうかを手軽に試す、大切な切り札となったのです。
ヌープが眠っているのを確認しながら、子どもを出産できる可能性がある。
ヌープは本当に、この子に手を伸ばしていないだろうか……
それでも不確実な事だらけ、不安な事だらけの中、私は辛い七か月の妊娠期間を過ごしました。
気持ちが崩れそうになったとき、この子は、お腹の中で、私を蹴って励ましましてくれた。私はわが子に、協力者が教えてくれた子守歌を歌いながら過ごしました。
協力者もさる事ながら、この子が私を強く励ましてくれなければ、この事態を私は乗り越える事はできなかったでしょう。
しかし、私は、自分の個人的な都合で、世界が危機に対処するための貴重な時間を奪いました。その後ろめたさを常に感じ続けていた。
出産が終わったら、きちんと出頭して、全てを話し、私の命を懸けて、鍵の石を遺跡に戻す協力をするつもりでした。
しかし、それは叶いませんでした。
もし、これが、あなたに読まれているということは、私はもうこの世にいません。
出産は命がけの仕事です。どれだけの数の母が、子どもが、出産の時に命を落とすかわからない。私も、この化け物によらなくても、出産時のトラブルで死ぬ可能性もあると思いました。奇妙な事ですが、そうなれば、私が、異常な回復力のある怪物に変わっていないという証明にもなるのです。
もちろん、死にたくなんかありません。
しかし、できるだけのことをして、そうなるのであれば、それも運命だと思います。
それでも、私には全てを、みんなに伝え、鍵の石を返す義務があります。それで、もし出産時のトラブルで私が死んだら、この手紙をあなたに送ってくれるよう、協力者に頼みました。
私の子どもが無事に生きていたら青色の封筒に、私と共に子どもが死んでしまったら茶色の封筒に入れて、あなたに、この手紙を送って欲しいと。
誰に鍵の石と手紙を託すか迷いました。一番、情報を共有しているのは、祖父やソレッキ先生ですが、祖父は肉親であり、ソレッキ先生も個人です。ジョンも石を盗まれたりもした。
私が言えた義理ではありませんが、個人に重要な情報や鍵の石を託すと事故が起きる事が考えられます。
もっと公的な機関の方、公に対して影響力のある方に託そうと思いました。そして、この生物が人の命を奪う危険な存在であると、一番切実に現場でわかっている方へ。
警察官の方たちが犠牲になったあの町の管轄の警察署長である、あなたに、この手紙を送るよう協力者にお願いしました。
子どもの成長、そして、ヌープと世界の運命を見届けることができないのが、とても心残りです。
勝手ばかりを言いますが、お許しください。
あとのことをよろしくお願いいたします。
世界に神のご加護がありますように。
アイリス・ミラー
(了)
ヌープ~アイリス・ミラーの手紙 ねこつう @nekonotsuuro
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