第20話 ヌープの能力

 私たちは、数時間後、チャールズ・ソレッキと、テレビ電話を繋いで、ジョンと私に起こった出来事を話しました。


 チャールズ・ソレッキも、話を聞きながら、何度もうめき声を上げました。


 ソレッキは言いました。


「とても複雑な気持ちがするよ。君たちの話を聞いて、いろいろな事がわかった。全部、推測だが。世界が危機に直面しているかもしれん」


 私も、薄々、そんな気がしていましたが、改めて言われると、もっと深い闇に引きずり込まれるような気がしました。


「どうしてこんなものが、生まれてきたのだろうか……


 そんなことを言っていても仕方がないな。まず、起こった出来事と、君たちに感染した生物。それと遺跡や石がどうかかわっているのかについて、整理しよう。


 これは、ヌル遺跡で見つかった石板の文字の一部を私が解読したものだ」


 ソレッキが見せてくれた内容は、詩のような文章でした。




緑は私の中に入り


私は緑に守られて


それを運ぶ


土に触れれば


根を生やす


子守歌を作る


赤と白の鍵の石


一か月 白い芽が出はじめて


三か月 黄色い葉がついてくる


五か月で緑の枝が伸びてきて


八か月 紫色の花が咲き


一二か月 赤い綿毛が飛びまわり


数年後 世界は緑のものになる


「検証を重ねないで、推測に推測を重ねる、こういう議論は好きではないのだが、とにかく時間が無い。


 どういうわけか、遺跡は、今、怪物の巣になっているらしい。盗掘者たちは、遺跡で怪物に襲われ寄生された。生き残った一人は、赤と白の鍵の石を持って、町へ帰って来た。


 この生物とか、化け物とか、いちいち言いにくいな……


 この生物の事を仮に“Null ruins plants”ヌル遺跡にいる植物ということで『ヌープ』と呼ぶことにしよう。

赤と白の鍵の石は、何かの仕掛けがあり、ヌープの活動を抑える力があるらしい。通信障害を起こすということは、それは何かの波長のようなものなのかもしれない」


 ソレッキは、そこまで言うと大きく息を繋ぎました。


「石板の詩の前半部分。緑が私の中に入り、緑に守られて、というのは、ヌープの動物に対する寄生能力の事だと思う。動物が直接触れると、触手を伸ばして、体内に侵入する。そして、潜伏期間の間、その宿主を移動させて、移動した先の土で根付き、成長しようとするのだと思う」


 私は、頭を振りながら言いました。


「でも、どうしてジョンや泥棒は、あんな死に方を?」


「…………ヌープにとって、宿主は命を預けている大切な存在だ。運ばれてる途中で死んだら困る。宿主がダメージを受けたら、異常な身体能力や回復力を持たせるのではないだろうか。ただ、いくらリミッターを外したところで、限度というものがある。宿主のダメージが酷く、回復力の限界が来ると、ヌープは暴走するのかもしれない……」


 ソレッキは言いました。


「専門外の分野なんだが、私が若い頃は、遺跡なんかより、生物に興味があって、生物に関する本は良く読んで聞き齧った。


 宿主操作といって、寄生生物の中には、自分に有利なように宿主の行動をコントロールする者もいて、仕組みは、謎に包まれている。


 ある寄生生物は、陸上の昆虫と水生昆虫の間を行ったり来たりするライフサイクルを持っている。


 その寄生生物に感染したカマキリは、ある時期が来ると、自ら水中に飛び込んでしまう。そして、寄生生物は水中に移動して、今度は水生昆虫に寄生する。カマキリは宿主にコントロールされて自殺行為をするわけだ。


 しかし、寄生生物が、宿主に異常に回復力や身体能力を持たせているというのは、聞いた事がない。


 もっとも、回復力ではないが、ありえない状況で、宿主を生かしている寄生生物というのは、聞いたことがある。ある地域で見つかったセミに寄生する菌類は変わっている。この菌類の特殊な所は、ありえないダメージを受けているはずの宿主を生かしたまま移動させて、自分の生息域を広げていくところだ」


「生かしたまま?」と私は聞いた


 ソレッキは続けた。


「セミの腹部は菌の胞子と徐々に入れ替わり腹部がボロボロと脱落する。セミは体の三分の一を失っているのにもかかわらず生きている。どういう仕組みなのか、この菌はセミを生かし続けている。宿主であるセミは動き回り、他のセミと交尾しようとし接触し感染を広げる」


 私も祖父も、目をつぶりました。


 祖父は「ジーザス!」と呟きました。


ソレッキは、再び続けました。


「もっと問題なのは、詩の後半の部分だ」


私たちは、詩を再び見ました。


一か月 白い芽が出はじめて


三か月 黄色い葉がついてくる


五か月で緑の枝が伸びてきて


八か月 紫色の花が咲き


一二か月 赤い綿毛が飛びまわり


数年後 世界は緑のものになる




「遺跡に既に異変が起きている。この詩の通りなら、ヌープは動物に運んでもらう以外の広がる能力がある。八か月で花が咲き、十二か月ののち綿毛で増えるのかもしれない。


昆虫に寄生するある種の菌類と似ている。寄生された宿主からは、キノコのようなものが生える、そのキノコから、胞子をばらまくのだ。


無数に、この生物の綿毛が広がったら、本当に、数年でヌープは世界に深刻な打撃を与えるかもしれない。既に、一人の感染者の影響で、間接的なものも含めて、もう10人近くの死者が出た。この生物が無数に広がったら社会にどれだけの混乱と被害を与えるだろう。想像がつかない。


まだ、石板の解読できていない箇所に、もっと私たちの知らない、ヌープの能力が書いてあるかもしれない。あるいは」


 私も祖父も、聞いていられなくなって、目も心も閉じていましたが、また目を開けました。


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