第五章 もうひとりの転生者

第33話 戦況視察

 アルマータ共和国軍は国境付近で示威行動をしている。

 これを討伐するため、アンジェント侯爵は配下のオサイン伯爵、アイネ子爵を伴って出撃した。

 私はこれを追いかけて戦況を見守ろうと護衛のボルウィックとゲオルグさん、魔術師のアルメダさんとリベロさんを伴って戦場がよく見える高台にたどり着いた。


「さて、アンジェント侯爵軍がどれほどの腕前か、しっかりと見届けますわよ」

 火炎魔法が得意なアルメダが炎による空気の膨張を利用した拡大鏡を生み出して、私たちは両軍の布陣を見比べる。空間魔法を得意とするリベロさんだったが、急事の脱出手段として温存しておいた。


「アンジェント侯爵軍は通常編成のようね。取り立てて際立った特徴もなし。今から魔術師を呼び出してもうるさがられるだけ。私たち、本当にただ見ているだけになってしまいますわよ」

「拡大鏡の倍率をもう少し上げてもらってもよいですか? アルメダさん」

「はい。で、どこを見たいのかしら?」

「敵軍の前線から本営にかけてを見せていただきたいのですけど」

「伯爵様、敬語敬語」

 ゲオルグさんがダメ出しをしてくる。

 どうにも敬語を使わないというのは慣れないものだ。


 地位にふさわしい立ち振る舞いも要求されるのだから、伯爵もなかなか一筋縄ではいかない。

 拡大鏡の調整が終わり、前線の模様を見て私は愕然としてしまった。

「戦車、ですって?」

「あん? あれが戦車か? 戦車っていうのは二頭の馬に牽かせた荷台の上で立って攻撃を行なうものですよ。あんなのただ板で囲った箱の上に筒が付いているだけじゃないか」


 ゲオルグさんは、というよりここにいる者は知らなくて当然だ。

 あれは現実世界でいう“戦車”。いわゆる“チャリオット”ではなく“タンク”だ。

 この勝負、あまりにも分が悪すぎる。

 私が知っている“戦車”なら、わが軍がいかに弓弩攻撃に通じていても、あの装甲は貫通できない。

 いや、この世界に強固な板金を作る技術はまだないはずだ。もしアルマータ共和国が精錬に成功していたとすれば、すでにこの大陸はアルマータ共和国によって統一されていてもおかしくない。


 だからおそらくあれは板金に見せかけた薄い装甲のはずだ。

 しかしあれだけびっしりと囲っていたら、重量も計り知れない。

 でも魔法馬車が実用化されている国である。

 馬力が必要な“戦車”の類いも自在に動けるのだろう。

 こちらの魔術師が火炎魔法で“戦場を焼く”のなら、その実力も測れようものだが。

 果たして気づいてくれるか。


「アルメダさん、オサイン伯爵付きのユミルさんを呼び出してもらえますか?」

「さすがにこれから戦闘に入る魔術師に魔法電話はかけられないよ」

 これではあの装甲が本物か、確かめる術はないか。


 弓弩を連射してあの装甲を貫けるのかを確認したかったのだが。

 にらみ合っていた両軍だったが、アンジェント侯爵の突撃指令を受けてセマティク帝国軍が仕掛けた。


 横一列に並んでいる“戦車”の大砲から撃たれた弾が帝国軍を直撃した。

 あれは火薬によるれっきとした砲塔である。

 少なくとも攻撃面では再現できているようだ。

 あとは防御面が確かかと、移動速度を見てみたいのだが……。


 するとオサイン伯爵付きの魔術師ユミルが火炎魔法を放った。

 これで燃えるのか燃えないのかを確認できる。

 “戦車”の変化をじっと見ていると、そこから兵士が這い出てきて、その後すぐに爆発した。

 装甲はこけおどしか。


 仮に弓弩は通じなくても炎で熱すれば車内温度が上昇して砲弾に誘爆するようだ。

 これならばなんとか戦えるが、アルメダさんに多大な負担がかかってしまうだろう。

 できればユミルさんを引き入れて火炎魔法を増やしたいところだが。


「アルメダさん、リベロさん。火炎魔法に長けている魔術師に心当たりはありませんか?」

「私以上に火炎魔法に長けた魔術師はいないわよ、ラクタル様」

「いえ、この敵の“戦車”の弱点が火炎魔法なんです。ですからアルマータ共和国軍に勝ちたければ、火炎魔法の連射ができると助かるんですが」

「それなら私の同期に頭数を揃えてもらいましょう。何名くらい必要なのです?」

「そうですね。開幕直後に敵の“戦車”を一斉に誘爆させてしまえば、敵は“戦車”を捨てざるをえなくなります。ただ火炎魔法が使えるだけでなく、広範囲で持続力のある炎を放出できる方を、雇えるだけ必要です」


 とりあえず“戦車”の弱点はわかった。

 しかし他にも実用化している兵器があるかもしれない。

 時代的な可能性としてミサイルが考えられるけど。

 装甲が同じなら火炎魔法に弱いはず。

 航空機やヘリコプターがあると厄介だが、あれらは「揚力」を生み出す翼の仕組みが理解できていないと、いくら魔法力があっても飛ばせないはずだ。

 「揚力」を生み出す翼の形状まで知っている、というのが最も危険な状況なのだが、もし有しているなら開幕してすぐに登場してもおかしくはない。

 そうすれば“戦車”の弱点を見破られる愚は犯さなかっただろう。


 もし航空機やヘリコプターがあるのなら、開幕してすぐに敵前線から機銃を一斉射したりミサイルを撃ち込んだりと反撃不可能な攻撃を畳みかけるはずだ。


 それがなかったということは空の攻撃は弓弩攻撃から守るのが第一ということになる。

 また、混戦となってからミサイルを撃ち込むと味方にも犠牲が出るから、こちらも所持しているのなら開幕直後に用いるべきだ。

 それらの近代武器による攻撃が終わったところで、戦車が突撃を開始し、蹴散らしていくのが基本戦術となる。

 このあたりは『孫子の兵法』を応用して当たるしかないだろう。


 短く考えている間に“戦車”隊が前進を開始した。

 機動力をチェックするにはうってつけだ。

 魔法馬車の応用なら、ある程度の馬力は出せるのかもしれない。現代の“戦車”は時速六十キロくらいわけなく出せる。


 魔法力の消費が激しくなるだろうが、そのくらいの移動速度を見せつければ、対戦相手が驚愕してしまうに違いない。

 しかし見たところアンジェント侯爵軍の重い騎兵と同程度の速度しか出ていない。

 やはり魔法力を出し惜しみしているのか。


 ひょっとすると燃費が相当悪いのかもしれない。

 それならさらなる戦い方も見出だせる。



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