第30話 異世界転生を知る者

 隠し部屋の仕掛けを丁寧に隠し直して、誰にもわからないようにした。

 でも使用人さんたちが掃除をしていてまったく気づかれていないとは思えない。

 そもそも私がイーベル伯爵号を継いだことを聞きつけ、再集結するだけの連帯感の強さを考えれば、次の伯爵は転生者だと知ったうえでなければ不可能だろう。


 そういえば食堂での自己紹介のときに顔合わせした前伯爵付きの魔術師と、まだふたりきりで話をしていなかった。

 まずは執務室へ移動して秘書のエミリを呼び、魔術師のリベロを招くよう手配した。


 程なくしてリベロが現れた。

「お呼びとのことですが、いかがなさいましたか?」

「その前に、エミリさんとゲオルグさんは席を外していただけますか? これから軍事のことで内密な話がありますので」

「かしこまりました。ゲオルグ、参りましょう」

「じゃあまたな、リベロ」

 ふたりはすんなりと出ていった。どうも拍子抜けするな。


「なにか浮かない表情をしておいでですが、いかがなさいましたか?」

「いえ、私ごときの一言で抵抗もせずあっさりと退室されたので、驚いていました」

「あなた様は伯爵閣下なのですから、館の者は皆ご命令とあればたとえ火の中でもかまわず突進する覚悟です」

 やはりまだ伯爵という地位が過分な気がするな。

 戦場ではゲオルグとリベロを引き連れて戦わなければならないわけだから、ふたりとはもっと話し合っておく必要がある。


「それで、なにかご用とか存じますが、いかようなことでございましょうか」

「前伯爵様についてお聞きしたいことがございます」

「どのようなことでも、包み隠さずお話致します」

「あなたは前伯爵様がなにか悩んでおられたことをご存知でしたか?」

 リベロは目を上に向けて少し考えている。


「もしや隠し部屋を発見しておいでですか?」

 やはりリベロは前伯爵様に付き従った魔術師だ。

 私が言わんとすることを理解していた。

「はい、最初は驚きましたが、今は入り浸っていますね」

「そこで前伯爵様の日記をお読みになられた、と。それにしてもさすがです、ラクタル様。あの仕掛けは到底破られないものと思っていたのですが」

「ということはあの仕掛けを作ったのは」

「私でございます、閣下」

 なるほど。

 であれば私が異世界転生者であることも知っている、というわけか。


「私のうなじを確認した人がいた、ということになりますが、誰だかご存知ですか?」

「はい、軍官吏のカイラム様でございます」

 想定していた答えが返ってきた。

 ということはカイラムおじさんも前伯爵様のなさりようを知っていたことになるのだが。


「では、アルマータ共和国の転生者が誰か、おわかりですか?」

「前伯爵様が伯爵号を陛下に委ねたのち、私はアルマータ共和国へ赴いてみましたが、それらしい人物は見ませんでした」

「それは私のような、あざのある者を見つけられなかった、ということですか」

「さようでございます、閣下。かの国で急速に力を見せ始めた者を調べてみましたが、それらしい人物は数名いたように思われます。ただ、そのうち何名が本当に異世界の勇者であるかは確認のしようがございませんでした」


「では、私が異世界転生者であることを知っているものはどのくらいいるのか、わかりますか」

「前伯爵様付きの者たちはすべて理解しております。そもそも前伯爵様は異世界から勇者を転生させようと躍起になっておりました。私もその儀式に付き合いもしましたし。ですが前伯爵様は身内の者たちにはすべてを語っておりました。『これから私は勇者を招かなくてはならない。そして勇者がこの伯爵家を継がなければならないのだ』と口ぐせのようにおっしゃっておりましたゆえ」

 そこまで知られているのなら、エミリとゲオルグを退席させた意味がなかったことになるのだけど。


「で、前伯爵様はどのような勇者を所望したのですか?」

「どのような戦においても“必ず勝利に導く勇者”でした」

「それが私だった、というわけですね」

 もしアルマータ共和国と正面切って覇を争おうと思ったら、“戦巧者”よりアルマータ同様“科学者”を所望するべきだったのだ。

 それなのになぜ“戦巧者”を選んだのだろうか。


「アルマータ共和国と競おうと思えば、同様に“科学者”を呼ぶべきだったのではありませんか?」

「確かにそうなのですが、あちらはすでに産業革命を起こしていて、こちらが遅れて起こしても追いつけない。前伯爵様はそう判断なさっておいででした」


「リベロさん、正直に言ってください。私は前伯爵様が望んでいたように、セマティク帝国を救う勇者になれると思いますか?」

「あなた様以外の何者にそれができましょうか。少なくとも軍略においては比類なき実績を積み上げております。帝国を支え、アルマータ共和国との戦争に勝つためには、あなた様の軍才が欠かせません」

 前伯爵様の思い描いた謀はよくわかった。

 そしてなにを望んでいたのかも理解した。

 あとは私の覚悟だけ。


「それでは私の随伴者だった護衛で副官のボルウィックと、私の魔術師アルメダにも事の仔細を理解していただきます。前伯爵様付きの皆様はご存知でも、私に付き従ってくれた者たちはなにも知りませぬゆえ」

「さようでございますか。確かに心を許せる仲間を持つのも、精神の安定には必要なことです。できれば事情を知らなくてもよいので、魔術師をもう少し雇うことをオススメ致します。どのような場所でも連絡手段にもなりますし、戦況に応じた魔法を使い分けられたほうが、戦術に幅が生じますゆえ」


「リベロさん、あなたの得意な魔法はなにかしら?」

「空間魔法でございます」

 そうだった。

 皆を引き連れて空間転移してきたのだから、空間を操るのは得意なわけか。


 アルメダさんは全般使えるが主に火炎魔法の使い手だし、可能なら彼女を補完できる水や植物などを操れる魔術師が欲しいところだ。

「魔術師ギルドにオーダーすればよいのでしょうか?」

「いえ、ギルドを通すとあなた様の素性がバレてしまいます。私なりアルメダ様なりの紹介で口の固い者を登用するべきです」


 そのあたりも『孫子の兵法』用間篇第十三に記載されている間者の登用方法が応用できるな。

 口が固く、実力を持った者を登用するなら、資金を出し惜しみするべきではない。肝心なときに裏切られかねないからだ。


 まず給与で信用をかちえて、実績で信頼を醸成し、期待をかけて見守る。

 そのくらいの器量がなければ兵を率いるなんてできやしないのかもしれなかった。



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