第31話 示威行動
翌日、皇城で開かれた大隊長による御前会議に出席している。
私が屈服させた異民族の後ろ盾となっていた巨大国家アルマータ共和国がセマティク帝国に対して示威行動に出たというのだ。
「アルマータ側のこの行動には裏があると余は思う。どのようなことが考えられるのか、皆の意見を聞きたい」
まずアンジェント侯爵が口を開いた。
「これはアルマータ共和国によるわが国への抗議の現れです。異民族を軽々しく屈服などして彼らの機嫌を悪くしたのではないでしょうか」
「私はアンジェント侯爵と意見を異にします。彼らの解放は地域を以前の状況に戻しただけのことです。これに対してアルマータ共和国軍が示威行動に出たのは、大陸全土を攻略しようとする野心の現れに違いありません」
パイアル公爵が意見を述べた。
これにアンジェント侯爵が牙を剥く。
「だから機嫌を悪くしたと言っておるのだ。彼らは強大な軍事力を有しているのです。その気になれば大陸はすべてかの国に平らげられてしまいます。眠っていた獅子を起こさなければ、このような威圧的な態度を向けられることはなかったのです」
興奮ぎみに言葉を連ねているが、正直に「アルマータ共和国は怖い。勝てるはずなどない」と言えばいいものを。
それをただ声を荒げて私を非難してくるだけである。
「イーベル伯爵、先ほどから意見を申しておらんな。見解を聞きたいところなのだが」
陛下からの問いかけに、私は言葉を選んでいる。
「勝ちます」と安易に言ってはならない。かといって「負けます」とも言えない。
私はアルマータ共和国に勝つためにこの世界へやってきたのだ。
だから負けるとは思っていなかった。
ただ、アルマータ共和国の現有戦力と指揮官の能力がわからない以上、戦いようがないのも事実だ。
「私としましては、この示威行動は無視するべきだと存じます。現時点では敵の情報が少なすぎます。密偵を放ってかの国の強みや弱み、率いる将の特徴などを把握してから戦っても遅くはないと存じます」
「さすが成り上がり者は言うことが違う。今戦うべきではない、と」
アンジェント侯爵の嫌みが飛び出したが、ここは無視するに限る。
「陛下、それでは私を迎撃の任におあてくださいませ。必ずやアルマータ共和国軍を手玉にとってご覧に入れます」
侯爵の自信はどこから生じるのだろうか。
「故に勝つを知るに五あり。以て戦うべきと以て戦うべからざるとを知る者は勝つ。衆寡の用を識る者は勝つ。上下欲を同じうする者は勝つ。虞を以て不虞を待つ者は勝つ。将能にして君御せざる者は勝つ。この五者は勝を知るの道なり。故に曰く、彼を知り己を知れば百戦して危うからず。彼を知らずして己を知れば一勝一負す。彼を知らず己を知らざれば戦うごとに必ず殆うし。」とは『孫子の兵法』謀攻篇第三の言葉である。
侯爵はこのうち第一の「戦うべきときと戦うべきでないときを知る」と第四の「万全の備えを固めて敵の不備を待つ」に反している。
だから今出兵させては負けてしまうのは道理である。
「アンジェント侯爵閣下に申し上げます。現時点でアルマータ共和国軍と戦うのは得策ではございません。必ずや敵の虜となるでしょう。敵がどう攻めてこようと守りきれる万全の態勢を築くことを優先させるべきです」
「それでは帝国の威信を世に示せんわ。小娘が生意気に具申などするでない!」
一喝されたものの、ここはなんとかして思いとどまらせなくてはならない。
アルマータ共和国の戦力や戦い方がわからない以上、こちらから手出しするのは最善策ではないのだ。
「しかし侯爵閣下、アルマータ共和国が攻め寄せようとせずこちらを誘っているのは、明らかに罠が仕掛けられております。こちらが同じ手で牽制するのが上策ではないでしょうか」
「これだから素人は困る。戦いとは先手をとって圧倒することにある。敵に先手をとられてどのようにして勝つというのか!」
確かにその一面があることは否定しない。
だがそれは時が巡ってきたときにのみ成立するのだ。
最初からそれを前提として軍事行動を起こせば、相手に付け入るスキを与えてしまうだけである。
「ですが侯爵閣下──」
「黙れ小娘!」
ひときわ大きな声で脅してきた。しかしそれで怯むわけにはいかない。
「陛下。私めに出撃を許可していただけませんか。アルマータ共和国を一蹴してまいります」
下唇を噛んで屈辱に耐えているが、正直こんなわからず屋は痛い目に遭うべきだとも思ってしまう。
しかし兵は貴重である。ここで浪費してしまうと、勝機が訪れた際に使える持ち駒が減ってじゅうぶんな戦果が期待できなくなるのだ。
「イーベル伯爵には異存があるようですが、陛下、いかがなさいますか?」
「うむ……」
陛下の視線を感じて我に返った。私は言葉を尽くさなければならない。
「陛下、ここはひとつアンジェント侯爵に様子を見に行ってもらってはいかがでしょうか。そして勝てそうなら戦ってもらい、勝てなそうなら引き返してもらうのです」
「公爵がそのように申すのなら、それで手を打とう」
「はっ、陛下のご威光を傷つけぬよう、敵を翻弄してまいります」
勝ち誇ったようなアンジェント侯爵の声を聞いて、背筋に寒気が走った。
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