第47話 勇者召喚魔法
伯爵邸に戻って昼食をとったのち、久しぶりに前伯爵の隠し部屋に入った。
前回訪れたあと、戦争が立て続けに起きたため籠もる時間がなかったのだ。
前伯爵の日記を開き、読み進めていくと気になる記述があった。
どうやら『勇者召喚魔法とその全容』には書かれていない、秘術があるらしいのだ。
そしてその秘術をアルマータが使って勇者を転生させたのだという。
なぜ前イーベル伯爵がそれを知っていたのだろうか。
少し日付を戻して読み返していると、さらに驚愕の事実がわかった。
どうやら前イーベル伯爵は帝国に来る前、アルマータで遇されていたというのだ。
今から三十年ほど前、アルマータで異世界転生術を行ない“兵器開発に長けた勇者”の召喚を行なったのだという。
『勇者召喚魔法とその全容』に書かれた通常の方法では、そういった「能力の指定」はできないのだという。
ただその時に亡くなった「勇者」となる資質を持つ者がこの世界に召喚されるのである。
そこに「能力の指定」を行なうのが、当時のイーベル博士が開発した秘術だ。
イーベル博士はそこで自ら“兵器オタク”と称するタイラ・キミヒコを異世界転生させたのだという。
そしてタイラの指示により多くの産業革命が起こり、アルマータは大統領制の共和国となったのだ。
しかし、あまりにも増長する勇者タイラを見て、自らの失敗を悟ったイーベル博士はアルマータ以前の覇者であるセマティク帝国へと渡ってきたのだという。
そこでイーベル博士は陛下から伯爵として遇され、この邸宅を拝領したのだ。
その代わりとして帝国にも異世界転生者を呼ぶことが決まったのだという。
つまりタイラを召喚したのも、私コオロキ・テツカを異世界転生させたのも前イーベル伯爵だったのだ。
そして私は陛下やパイアル公爵の希望により“必ず勝利に導く勇者”として召喚された。
つまり“兵法オタク”を自称する私が異世界転生されたのである。
そこまでわかると、なぜ陛下やパイアル公爵が私を重用しているのか、理由がよくわかった。
単に前イーベル伯爵に召喚させただけでなく、自分たちが決めた能力の勇者だったからなのだ。
そしてタイラの働きを見て、前イーベル伯爵は間違いなく異世界転生者タイラを倒せる人物として、私に目をつけたのだとわかった。
なぜ私が異世界に転生することになったのか。
大学ではよく「一芸入試」などと言われるが、私も『孫子の兵法』をピンポイントで極めていたがために、異世界転生の標的とされたのだろう。
しかも前イーベル伯爵は新たに編み出した「転生者を過去に生まれさせる」技術を用いて、タイラ・キミヒコが異世界転生された頃になるべく近づけて召喚することにしたようだ。
その結果として十五年ほど前に私を送り込むことに成功した。
その場に立ち会ったのが陛下とパイアル公爵、そしてこのたび婚約の話が出たアルベルト皇子なのだという。
アルベルト皇子はまだ幼かったものの、異世界から勇者を召喚すると聞いてはしゃいでいたらしい。秘術を見て目を輝かせていたようだ。
それで最初に会ったとき、やけに優しかったのだろう。
兵士の募集窓口に入り浸っていたのも、真っ先に異世界転生者と接触したかったからなのかもしれない。
そうして過去を生きていた前イーベル伯爵も、秘術の反動からか体調を崩し、私が十歳になる頃に亡くなったのだ。
〔タイラ・キミヒコはさらなる兵器を構想しており、それは阻止されなければならない。早く次なる勇者が私の前に現れないだろうか。その人物ならきっとタイラの暴走を止めてくれるはずだ〕
この日記の終わりに近いページには、タイラを召喚した苦悩と、私を召喚した希望とが複雑な思いで書き綴られていた。
果たして私がタイラにとどめを刺したことは前伯爵にとって望んでいたことなのかどうか。
それこそが前イーベル伯爵の望みであると信じたかった。
私が自らの意志で“同じ世界で生きていた日本人”に手をかけなければならなかった苦悩は、そのまま前イーベル伯爵の苦悩そのものだったのかもしれない。
私は選ばなければならなかった。
この世界にこれからも異世界転生者が必要となるのだろうか。
それとも私を最後にして異世界転生の秘術を永久に葬り去るのがよいのだろうか。
この隠し部屋は私のために用意され、その裁量は私に委ねられているのだ。
今すぐ選ばなくてもよいのかもしれない。
今後私がこの世界で生きて、大陸が平和に統一されていくようなら、これ以上、異世界転生者など必要とされないだろう。
もし戦乱がまた吹き荒れることとなったら、是が非でも異世界転生者が必要となる可能性もある。
陛下はおそらく、その判断も私に委ねようとしているのだ。
だから公爵として皇族に取り込みたかったのだろう。
前伯爵の日記と魔法書物『勇者召喚魔法とその全容』はそれから私の宝物となった。
誰かに引き継がれるのか、私が葬り去るのかはわからない。
でも生きている間は、この世界に私が必要とされている証として、たいせつに保管しなければならない。そんな気がした。
いつしか隠し部屋にも香ばしい匂いが漂ってくる。おそらく公爵昇格を受けてのささやかな宴が催されるのだろう。
日記を閉じ、魔法のランプを消して、隠し部屋を静かに出た。
そして笑顔で待っているはずのみんなのもとへと歩み始めた。
すると廊下でエミリさんと出くわした。
「伯爵様、宴の用意ができております。お部屋におられませんでしたのでお探ししておりました」
エミリさんはゆったりとした態度だ。
「この館で大半の時間を費やすのもそれほど長くはありません。できるかぎりこの館のことを記憶しておいて、愛着を持っておきたいのです」
「書斎に籠もっておいでだろうと思い、ここでお待ちしておりましたが」
「ここが私の原点なのです。だからここは是が非でも守り抜かなくては。たとえ公爵となったとしても、この場所だけはいつまでも私のものです」
「さようでございますか。前伯爵様もお喜びのことと存じます」
「エミリさんがどこまでご存知かわかりませんが、私はこの程度の認識でかまいませんか?」
彼女からもらった指輪をはめた手を正面に見せると、やわらかな笑顔を浮かべている。
「はい。それでよろしいかと」
私も相好を崩した。
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