第46話 婚約と公爵
大陸一の巨大国家アルマータ共和国を征したことで、セマティク帝国は大陸で覇を唱えることとなった。
謁見の間で此度の戦の論功行賞が行なわれている。
「イーベル侯。此度の戦、卿の働きが目覚ましかったと聞く。パイアル公のみならず、アンジェント侯とアイネ子も、卿の働きによって命脈が保たれたも同然だ。オサイン伯は惜しいことをしたが、犠牲は最小限だったと信じたい」
「恐れ入ります、陛下」
「そこで、卿が軍功第一として公爵の地位に立ってもらう」
「公爵でございますか。ですが公爵は陛下の縁戚でなければなれない決まりがあるのではございませんか? パイアル公爵閣下もご息女が陛下の后となったことで地位が上がったと聞き及んでおりますが」
「そうだ。そこで卿にはわが第三皇子アルベルトと結婚してもらおう。これで卿も皇族の一員となる」
「アルベルト殿下と、ですか? 突然のお誘いで戸惑ってしまいますが」
「では公爵の地位はどうする? 皇族に連ならなければ公爵にはなれんぞ」
「侯爵の地位でも過分と存じます。公爵ともなればさまざまな宮廷儀礼も心得なければならないでしょう。私めに務まるでしょうか」
「卿に務まらなければ他の誰に務まろうか」
陛下は表情を和らげた。
「まあ結婚は今すぐにというわけではない。卿も十七歳とまだ若い。まず公爵となって地位にふさわしい立ち居振る舞いを会得して、二十五歳になるまでは猶予してやってもよい」
「かしこまりした。それでは公爵号、ありがたく拝領致します」
再び顔を引き締めた陛下は、さらなる提案をしてきた。
「うむ。で、現在はまだイーベル伯爵邸で暮らしておるそうだが、そちはすでに侯爵であり、只今をもって公爵となった。いつまでも伯爵邸で暮らすわけにもいかん」
「しかし、私には伯爵邸でも過分だと存じております。それに貴族として長い間住んだのがイーベル伯爵邸ですから、わが家のようなものでございます、陛下。そして慣れ親しんだ使用人たちがおりますゆえ」
「そなたには伯爵邸も似合うとは思うが、公爵ともなればそれなりの邸宅に住まねば下々に示しがつかん」
「さようでございますが」
「まあイーベル伯爵邸と接する地にこれから新しく公爵邸を建てさせよう。そこなら伯爵邸を離れとして使っても、誰からも文句は言われまい」
陛下の配慮に感謝した。
「はい、そのようにお執り成しいただけるのであれば、公爵邸もありがたく拝領致します」
「正式な公爵号の授与式は、パイアル公の傷が完全に癒えてからとする。公爵邸の建設はすぐにでも始めさせよう」
「ありがとうございます」
◇◇◇
一介の農家の娘ラクタルが、異世界転生者である私、コオロキ・テツカと『孫子の兵法』の記憶を取り戻してからまだ一年も経っていなかった。
すでに所領していたイーベル伯爵邸とは別に、新たに造成される公爵邸を下賜されることとなり、その建設現場を伯爵邸の使用人たちとともに訪れた。
新しい公爵邸は伯爵邸とは目と鼻の先に造られている。
「へえ、伯爵邸もたいしたもんだと思っていたけど、公爵邸ともなるとさらにとんでもなく大きいな。侯爵邸を経験しなかったのは心残りだが」
ゲオルグさんの軽口が止まらなかった。
「では、イーベル公爵様は伯爵邸をどうなさるおつもりですか? 新しい伯爵へお譲りになるとか?」
伯爵秘書のエミリは、顔色を窺うように尋ねてきた。
「いえ、イーベル伯爵邸は私の原点です。あそこから始まった私の旅は、あそこで終えるべきだと思っております」
「では使用人はいかがなさいますか。伯爵邸の者たちはそのまま伯爵邸をお任せになるのでしょうか?」
真っ先にそれを考えないといけないよなあ。
公爵邸のこの大きさを考えると、新たな使用人を雇い入れるのが筋だ。
しかし皇族との婚姻が前提で公爵となったのだから、公爵邸には皇族から使用人を迎えることとなるだろう。
だが、こちらも勝手のわかる使用人を必要とするだろうから、何名かは付いてきてもらわないと困る。
まあそれは皇子と相談して決めるべきでしょうけど。
「公爵邸が完成したら、主な執務は公爵邸で行なうこととなるでしょう。しかし私生活には伯爵邸を使おうと思っておりますので、秘書のエミリさんや護衛のゲオルグさんとボルウィック、公爵付き魔術師となるアルメダさんとリベロさんそしてユミルさんは、私とともに公爵邸と伯爵邸を行き来してもらうことになりそうです」
「ここに建てられる豪邸の中に部屋が持てるのか。すっげえことになりそうだなあ」
「ゲオルグ、言葉遣いには注意なさい。皇子様の気分を損ねたらあっけなく首と胴体が離れますよ」
「わかりましたよ、エミリ姉さん」
「で、使用人はいかがなさいますか?」
いつものように左指で眼鏡を上げている。
「伯爵邸は公爵邸の離れとして使用する予定ですので、伯爵邸の手入れは今までどおり使用人の方々にお任せ致します。食事は双方で食べることになるでしょうから、公爵家の料理人と役割分担をしなければならないでしょう」
「公爵家の料理人と腕を競うことになるのか。まあ負けるつもりはないがな」
料理長のソクテスは己の料理の腕に絶対の自信を持っていた。実際今までに食べたどの料理よりも美味しかったのは確かだ。
しかし公爵ともなれば外交にも積極的に関与しなければならない。
大陸諸国の料理を作れるのは最低限のおもてなしである。
「ソクテスさんは、たしか大陸各国の料理が作れると聞いておりましたが、実際どの程度のものまで作れますか?」
「修行で各国を渡り歩いて腕を磨いていたので、たいていのものは作れますよ」
「それでしたら皇子付きの料理長と協力できれば、各国要人をお迎えしての饗宴も大陸随一のおもてなしができるかもしれませんね」
「おもてなし、ですか?」
「そ。みんなも出身国の料理が食事に出てきたら、悪い気はしないでしょう?」
確かに、と皆納得しているようだった。
「ということで、皆様とはまたなんらかの形でかかわってまいりますので、以後も変わらずよろしくお願い致しますね」
「お願い致します」
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