第5話 小隊とアルメダ

 類稀な勇敢さを示したとして、私は皇帝より直々に小隊長へ任じられた。

 志願兵による歩兵隊の一兵卒から、正規軍の小隊に配属されたのである。

 募集窓口の係長が推薦するまでもなかった。

 補給のおじさんこそあの歩兵隊付きの軍官吏かんりであり、彼の上申によって私の手柄が明らかとなったのである。


 配下には副官としてウィケッドが加わり、私とともに手柄を分け合った兵士たちが十人ばかり名を連ねた。

 そして小隊全体として正式に恩賞を賜ったのだ。


 それに気をよくした小隊は、私を“勝利の女神”として持てはやした。

「ラクタル隊長のおかげで、使い捨ての一兵卒から正規軍の小隊員になれたからな。次も期待してますぜ」

 先の戦いでも蛮勇を誇ったバーニーズが軽口を叩く。

 小隊では数少ない剣術の使い手であり、将来私が昇進していった際の後任を務めるだけの器量はありそうだ。


 ウィケッドが帝国軍の構成について語りだした。

「正規軍同士の戦いでは、双方魔法を駆使するため、戦場は大混乱に陥ると聞きます。私たち小隊としては、戦場で有利な位置を占め、前回同様補給路を断つなり結節点とやらを討って敵部隊を維持できない状態まで追い込むなり考えなければなりません」


「どこまで昇進したら魔術師が手に入るのかわかりますか、ウィケッドさん」

「通常は中隊からですね。魔法が加われば後方撹乱としてのわが隊はさらに自由な行動を手に入れられますが……」

「なんとかして欲しいところね。十人ちょっとの小隊だと正規戦ではものの役には立たないだろうから」


 『孫子の兵法』には魔法についての記載はない。

 当たり前だ。古代中国には魔法など存在していなかったのだから。

 いわば「火攻篇第十二」に見る火計こそが魔法だと考えてよいだろう。

 もちろん孫武が行なったように、間者を用いて火を放ってもよい。

 機会があればこの形で敵軍を火の海に引きずり込むとして、やはり軍師になるには最大の攻撃力を誇る魔法はなんとしても手に入れたかった。


 それを聞いていたバーニーズは、あることを思い出したようだ。

「そういえば、以前の戦いで負傷して現役を退いた魔術師がいると聞いたことがあるな」

「バーニーズ、それ、どんな人なんですか?」

「聞いた話だとたいした美人で、どこの中隊や大隊からも引き合いがあったが、復帰せず引退したと聞いたがな」

「その方の名前はわかりますか?」

「たしかアルメダとか。俺たちより身分が上で、噂話でしか知らんからな」


 志願兵の募集窓口の方で知っている方がいるといいんだけど。

 でも中隊のみならず大隊も席を空けて待っているほどの逸材なら、引き入れられたら私たちの小隊はもっと活躍できるはず。


「それじゃあ私はそのアルメダさんを探してきますね。ウィケッドはここで小隊のみんなに命令伝達と剣術を教練してください」

 ウィケッドは後頭部を手で撫でている。

「いや、俺も付いていこう。幼馴染みなものでね」

「居場所を知っている、とか?」

「いや、生家を知っているんだ。もし官舎を引き払ったのなら、おそらく生家に戻っているはず」

 確かにその可能性は高いか。

 でも高名な魔術師が生家でひっそりと暮らしているものだろうか。

 とりあえずウィケッドに従って生家を訪ねることにした。

「バーニーズ、皆の教練を頼んだぞ」

「おうよ、任された!」


 ◇◇◇


 ウィケッドに案内されたのは、帝都の北西に位置する、水が豊富な山間の市オイラーである。

 そしてその水源となる巨大な滝の前に大きな邸宅が構えられている。


「ウィケッド、アルメダさんって貴族なんですか?」

「いや商家だよ。先祖代々商いをして巨万の富を築き上げたんだ。今の帝国の一分とは言わないが、それでもかなりの資産を有しているともっぱら噂されている」

「うーん。そうなると契約にはお金が必要そうですよね。国から小隊に支払われる生活費ごときじゃ誘えないわよね」


 邸宅の門扉にたどり着き、ウィケッドは大きな鐘をひとつ鳴らした。

 すると頭上から女性の声が聞こえてきた。

「あら、ウィケッドじゃないの。よく私のところへ顔を出せたものね。しかも今度は新しいお相手とご一緒のようね。ずいぶんと若いようだけど、趣味が変わったのかしら?」

「アルメダ、彼女は俺の上司でラクタル小隊長だよ」

「へえ、その歳で小隊長なんだ。どこの貴族かしら。家名は?」


「初めまして、私、ラクタルと申します。農家の出で家名はありません」

 へえ、と言いながら頭上から竹ぼうきに乗ってこちらを眺めている。


「貴族でもないのに私になんの用かしら。まさか小隊ごときが私を必要としているとか言うんじゃないでしょうね」

「そのまさか、です。アルメダさん。戦果を上げて一兵卒から小隊長に昇りましたが、私の作戦を正確に実行するには、兵の練度と魔法が不可欠なのです」

 あら、そう。とすげない返事だった。


「隊員から魔術師が在籍するのは中隊長からと伺っておりますが、私は次の戦いで中隊長になるつもりです」

「ご自身から『次で中隊長になる』なんて、ずいぶん大きなことを言うのね」

「そのくらいの力量は持ち合わせているつもりですので」

 竹ぼうきを地面の少し上につけてアルメダが降りてきた。

 まつげの長い流し目で私を品定めしているようだ。


「面白いことを言うのね。あなた、本当は何者なのかしら。アルマータ共和国の手の者……にしては身なりがお粗末よね。農家の娘なんて身分を隠し放題だけど」

「私は兵法を学んでいます。少ない犠牲で最大の戦果を挙げて差し上げます。そもそも私は人殺しを好みませんので」

 品定めに怯むほど、私は弱くなかった。


「人殺しが嫌なのに兵法が得意?」

「それは否定しません。私も味方の犠牲は覚悟のうえです。それでもより多くの敵を確実に倒してご覧に入れます」

「言ったわね。ウィケッド、今の聞いた? このラクタル嬢は次に大戦果をあげるそうよ」

「俺は前の戦いで実際に体感したからな。ラクタル隊長には間違いなく軍才がある」

 うふふと涼やかな口元を左手で隠してアルメダが笑っている。


「それじゃあ次の戦いに付き合ってあげるわ。そこで本当に軍功をあげて中隊長に昇進したらあなたの部隊に入ってあげる」



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