第4話 結節点
わが軍の魔術師が火炎魔法を放ち、異民族軍の正面は強かに打ち据えられた。
異民族も水魔法を放ってきて、地面がぬかるんで歩きにくい。
「歩兵隊、前進せよ!」
戦場で馬上の指揮官が号令する。
私は志願した翌日に歩兵隊に組み込まれて集団戦の基本動作を叩き込まれ、その次の日の戦いに駆り出された。
槍を構えて周りと歩調を合わせて前進した。槍同士が互いの盾を打ち破らんばかりに繰り出された。
それに耐えきれず左の兵は敵の槍に貫かれた。
すぐに第二列の歩兵が前進して隊列を揃える。
私の槍が異民族軍の兵士に突き刺さった。
なにやら柔らかい感触がして躊躇してしまった。
血が通うはずもないのにどこか生温かいものを感じ、その嫌な手応えについ槍を取り落してしまう。
すぐに槍を拾おうとする。
「十四番、いったん下がれ!」
指揮官が私の列番号を呼んだ。
それを聞いて前線から後詰めへと素早く移動する。
歩兵隊の後ろでは補給係が新品の槍を私に渡してくる。
「今度は槍を落とすんじゃないぞ。歩兵にとって槍は命綱だからな」
「はい……」
どうにもやる気が出てこない。
生きて帰るだけで昇進できると決まっているわけでもない。
なにか手柄を立てたいのだが、敵兵ひとりの命を奪った事実に衝撃を受けてしまった。
「どうした。このまま逃亡するんなら、わしはお前さんを斬り殺さなきゃならんのじゃが」
「いえ、逃亡するつもりはありません。ただ“初めて”だったもので……」
「まあ軍に入れば命をとるかとられるかだ。割り切らんと生き残れんぞ。それに今から隊列へ戻れば最後尾にまわる。次の出番まで時間が稼げる。その間に割り切るんじゃな」
確かに最後尾にまわれば当面敵兵を殺す必要もない。
しかしどうもおかしな感覚にとらわれた。
最後尾がじわりじわりとこちらに近づいてくる。
「あらら、どうも歩兵隊が敵軍に押されているようじゃな」
私同様、武器を落として補給にやってきた兵士たちも慌てている。すぐに武器を渡されて隊列へ戻ろうとしているようだ。
「補給のおじさん。ちょっと高いところから様子を見たいんだけど」
「なにかわかるのかい、お前さん」
「おそらく敵軍の隊列が限界まで伸びているような気がして」
「限界とな? うーむ……。よし、そこの荷台に乗って見てみい」
「ありがとう」
新品の武器を積んだ荷車に乗り込みそこに積まれていた木箱の上へと駆け上がる。
「どうじゃ?」
下からおじさんが声をかけてきた。
「これって」
実際の戦場では陣形などあってないようなものである。
あえて陣形を保とうとすればどこかにスキが生じる。
今は敵軍に勢いがあり、陣形を崩して前のめりになっているようだ。
ここに付け入るスキはないか……。
「……結節点……。そうか、結節点だ!」
急いで荷車を降りておじさんに礼を言うと、武器を取りに来た兵士と話すことができた。
「今から、敵の結節点を狙いに行きます。功が欲しい人は私に付いてきてください」
「けっせつ? なぜ一兵卒のお前の言うことを聞かにゃならん。しかも女のくせに」
「手柄が欲しくないのなら付いてこなくてかまいません。その場合、私だけが功を独り占め致します! さあどうする、野郎ども!」
ここは少し
ひとりの兵士がふっと息を吐き出した。
「わかった。お前さんに従って敵を叩けば褒美がもらえるんだな」
「おそらく、いえ、必ず!」
物わかりのよい青年がこの場にいるみんなへ向けて語りだした。
「よし! おい、ここにいるお前たち。女子ひとりに手柄を横取りされて満足なら戦線へ復帰しろ。俺はこれから手柄を奪いに行く!」
おおー! とこの場にいる兵士たちから声があがる。
「俺の名はウィケッド。あんたは?」
「ラクタルです」
補給のおじさんが近寄ってきた。
「で、お前さんたち、どうするんだい、これから」
「おじさん、これから敵の最も弱いところを叩きに行きます。そうすれば形勢は一気に逆転します」
「それがお前さんにはわかる、と?」
「はい。敵は今、前がかりになってわが隊を攻めています。しかしあまりにも急な突進をしたため、前線と補給が離れてしまっています。この補給路を断ちます!」
「敵の魔術師を見つけたら確実に倒しておくんだ。そうすれば敵軍は反撃手段を失うぞ」
「わかった、野郎ども聞いたな。この女子の指示どおりに移動して、徹底的に暴れまくるぞ! 持てる武器をかき集めて付いてこい!」
私たちはまず戦場を迂回して敵の補給部隊の斜め後ろにまわりこんだ。そして敵の前線がわが歩兵隊を打ち破ろうとしたその一瞬を突いて攻撃を仕掛けた。
「うおおー! お前たち、皆殺しだ!」
「死ねえー!」
敵の補給部隊は急襲に対応できず、立ちすくんでいる。
今がチャンスだ。
「わが名はラクタル! 補給部隊の皆さん、死ぬのが嫌ならただちに退却なさい!」
「オラオラー! 死にたくなければ撤退しろー!」
見る間に補給部隊は散り散りになって逃げていった。
「これから結節点を狙いに行きます! 付いてきてください!」
「え? ここが狙いじゃなかったのかよ!」
一番に名乗り出たウィケッドが叫ぶ。
「単なる行きがけの駄賃です。これで手柄は二倍になります!」
「おい聞いたかお前ら! これからもうひとつ手柄をもらいにいくぞ!」
おおー! 士気が高まる。
狙いは結節点。つまりつなぎ目だ。
補給路を断ち切るだけではない。敵軍前線が活動の限界を迎えているのだ。
ここを一挙に刈り取る!
しかし実戦で正しく結節点を見極めなければ、こちらが敵軍に囲まれて包囲殲滅されかねない。
それだけにいかに冷静な判断ができるのか。
神経を集中させた。
「狙いはあそこです!」
槍を突き出して突撃の方向を定める。
「よし! お前たち行くぞ! これでわが軍の勝利と手柄はほしいままだ!」
私は突撃していく彼らの最後尾からついていく。
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