第3話 入隊希望
アリアさんのところで文字の書き方を学んだら、さっそく募集兵の入隊届に名前を記した。
アリアさんからは軍隊に入るのを引き止められたけど、「私が戦争を止めます」と力強く言ったものだから、すぐに諦めてくれたんだ。
入隊届を持って募集窓口へ向かった。
「すみませーん。入隊希望なんですけどー!」
突然の女の声に慌てた様子で女性の受付係が窓口に現れた。
「あら? 男性の付き添いじゃなくてあなたが入隊したいの?」
「はい! 私、戦争を見る目があるんです!」
「一般兵は敵を槍や剣で倒すのが役割なんだけど、わかっているの?」
「そんな誰にでもできることはすぐに飛び越えていくつもりです」
まあ農業で鍛えた体もあるし、問題があるとすれば長時間行軍できるかだけだろう。それもあまり心配はしていないんだけど。
「ちなみに目指すところはなにかな? 中隊長になりたいとか、貴族になりたいとか」
「私が目指しているのは軍師です!」
受付にいた係の人は、困った表情を浮かべて後ろを振り返っている。
どうやら上司に話を振っているようだった。
「ずいぶんとまた大きく出たものだな。そんなに軍略に詳しいのかい、お嬢ちゃん」
制帽を脱いで頭をかきながら若い男性が近寄ってきた。
「当然です! 用兵を語るのは三度の飯より好きですから」
「アルベルト様ー、なんとか言ってくださいよ」
あまりにも簡単に言葉が返ってきて、受付係の女性は困惑したようだ。
「子どもらしい考えだな。それじゃあ次の戦いに出て、帰ってこられたら上に掛け合ってみるよ。それでいいかい、お嬢ちゃん」
「はい! 生きて帰ればいいんですね。それでどのくらい上に昇進できますかね?」
突然ハハハと大声で笑われた。
そして入隊届を一瞥してこちらに向き直った。
「まあ女性や子どもといえども兵が欲しいのは変わりないからな。今十六歳ならじきに成人するわけだし。ちなみにご家族の了解はとれているのかい?」
「両親はすでに他界しています。今はひとりで農業に従事しています」
「農家からは雇いづらいんだよなあ。兵士の食糧を作っている人たちだから。用兵に詳しいのならわかるよね?」
係長は様子を窺うようにちらっと見てきた。
「そのくらい言われなくてもわかっていますよ。どんなに強い軍隊も、食べられなくなったらそこで撤退せざるをえません。空腹から略奪に走る兵が出るかもしれませんし、そんなことになったら住民が強く反発することになって駐屯しづらくなります」
「なるほど、自ら用兵が好きというだけあって、道理はわかっているわけか」
「それより、生きて帰ってきたら昇進できるんですよね?」
「初陣で帰ってこられるのは半数に満たないんだがなあ……。まあなにか手柄を立ててくれれば、上に押し込みやすい。できるかい?」
胸を反らして右手で叩いた。
「お任せください。必ずや手柄を立てて戻ってきます」
「やる気はじゅうぶんってわけか。まあ後は実際に戦場を経験して、現実を理解したほうが早いだろうな」
なにやら考え込んでいるようなしぐさを見せる。
「よし、入隊を認めてやるから、武器と鎧兜と盾の代金をくれ」
「へ? ただでもらえるんじゃないんですか?」
あまりの言葉に、つい呆れた表情を浮かべてしまった。
「言ったろ、初陣で帰ってこられるのは半数に満たないって。だから渡した装備が回収できなくなったら、どこでその装備を調達してきたらいいんだ?」
「それなら戦いが終わったときに回収するとか。この世界ではリサイクルもできないんですか?」
「リサイクル? なんだそりゃ」
「えっと、一度使ったものを再利用するってことです」
「再利用ねえ。実戦で使った傷物を新兵に預けるわけにもいかなくてな。それに──」
「それに?」
アルベルト係長は深刻そうな表情で私の耳のそばで囁いた。
「ただで装備を渡して、そのまま古道具屋に売られたら金儲けができちまうじゃねえか」
ああ、なるほど。
確かにその方法で金儲けできたら、志願兵が殺到して装備がすぐ枯渇してしまうわね。
「わかりました。なけなしのお金だけど、どうせ帰ってこられれば昇進させてくれるらしいし。元手はすぐに回収できるわよね」
言われた額を受付に渡すと、アルベルト係長は後ろを振り向いて他の人に装備一式を持ってこさせた。
係長は鎧の着方を見せてくれた。
私は髪をポニーテールに結い上げ、渡された綿あてを着てから、鎧を上からかぶって腕と頭を通した。そして両脇の紐を結んで鎧を固定する。
「鎧は隙間なくぴっちり着るんだ。隙間があるとそこを狙われるからな。その場でちょっと回ってみな」
なんてことはない革製の鎧なのだが、初めて着ると意外と重量があった。
ゲームでは軽いから移動補正なんてかからないほどなのに、実際は着ているだけでも肩が凝りそうだ。
「鎧の着脱は時間との勝負でもある。今から素早く脱いで、脱ぎ終わったらすぐに着てみろ」
両脇の紐を解いて鎧を上から脱ごうとすると、重みと硬さで支えるのがやっとだ。これで金属製の全身鎧なんて着た日には、倒れたら起き上がれないだろうなと納得してしまった。
なんとか脱ぎ終わったら、すぐにもう一度着込んでいく。
着るときは鎧の重さを活かしてすっぽりとかぶってみた。
「おっ、脱ぐのは遅かったが着るのは早かったな」
やっと褒められた。
これは着脱するだけで体力を消耗してしまいそうね。
「次は武器の説明だ。槍は長くて重たいだろうが、初心者は基本的にこれで戦え。つねに敵と距離をとって戦うんだ。そうすればこちらはそれほど被害を受けないから」
「確かに近接戦を挑まれるよりは生き残りやすいか」
「そして槍の間合いを潰されたら、すぐにこの短剣を抜いて戦うんだ。それで敵を倒したり盾を使って押し返したりしたらまた槍に持ち替えればいい」
槍を構えてそれを下に置き、短剣を抜いて数回振り、短剣を鞘に収めて床に置いた槍を持ち上げた。
「実戦じゃあ槍はその場に落とすんだ。慎重に置いたりしたらそのスキを狙われるぞ」
「わかりました」
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