第21話 迎撃戦
丘の上から望遠鏡で遠見をしていた観察者の話では、異民族軍がこちらへ急行しているとのことだった。
ただちにウィケッドとバーニーズを呼んで丘の上へ布陣する。
たっぷりの休養と睡眠、たらふく食べて英気を養った軍である。
万に一つも敗れるはずがない。
ただし、こちらと戦って不利を悟った敵が兵を再反転させて、こちらに向かっているオサイン伯爵とアイネ子爵の軍に襲いかかったとき、犠牲者を拡大してしまう可能性が高いのだ。
そこで魔術師アルメダに先制の「炎の嵐」を用いたのち、ただちに敵軍の背後へ移動してもらうことにした。
丘の下に広がる雑木林に伏兵とともに隠れ、再反転した敵に魔法を畳み込んで混乱に陥れれば、オサイン伯爵とアイネ子爵の軍の働きを助けられるだろう。
丘の上から見下ろしても、異民族軍が隊列を長くしてこちらへ駆けつけている様子がみてとれる。
ユーリマン伯爵と轡を並べていたが、実際に異民族軍を倒すのは私の軍である。
「それでは子爵夫人のお手並みを拝見させていただきます」
ユーリマン伯爵には、敵本拠地ににらみを利かせて出撃してこないように牽制する役割がある。そして私がイーベル伯爵号を継ぐに足る実力を有しているかの査定役でもあった。
異民族軍の総数はこちらより多いのだが、急いで駆けつけようというのだから先陣に満足な兵数など揃いようもなかった。
第一陣が丘を登り始める。
「アルメダさん、先制攻撃を頼みます」
詠唱を開始し、敵兵が丘を半ばまで登ってきたところで呪文が完成する。
「炎の嵐!」
先頭の兵の鼻っ面で強力な火炎魔法が広範囲に炸裂した。
それを見守るとアルメダに目配せして確認してから馬で丘を駆け下った。
「帝国軍突撃せよ!」
おおー! と
私はウィケッド隊とバーニーズ隊の後方から戦況を見守っている。
異民族軍の次鋒が後方から弓を射てくるが、絶対数が少ないため有効な牽制手段とはならなかった。
丘から駆け下るわが軍の勢いは、疲弊した異民族軍を強かに打ち据えた。
すぐに大軍の利を得て、彼らに回復不能なダメージを与えていく。
このままなにごとも起こらなければあっという間に敵を壊滅させられるだろう。
しかし、今のうちに確認しておきたいこともあった。
左手を九十度挙げて前へ振ってボルウィックをそばに招いた。
「ボルウィック、あなたの手並みを見せてください。これからの戦であなたがどの程度頼りになるのかを知らないと、いつの間にか死地へ送ってしまうかもしれませんからね」
かしこまりました、と告げたボルウィックは、愛馬に跨って先陣の中心を突き抜けていく。
そして矛槍を振り回していともたやすく敵兵を薙ぎ倒していく。
一対一では五十戦全勝とはいえ、乱戦時にどれだけ戦えるのか。
他の兵士とうまく連携できれば、切り込み隊長として有能である。
わが軍の先鋒を任せるに足る人物となるだろう。
連携がうまくない代わりに絶対的な戦力となるのであれば、彼はつねに後方へ置いて切り札として投入するのがよいだろう。
現在のところ、味方よりも突出して敵を穿っている。
やはり個人の武が強すぎて、周囲と歩調を合わせられないか。
まあそれがわかっただけでもよしとしよう。
ボルウィックに帰陣を呼びかけるため大きく笛を吹いた。
それに気づいたボルウィックは矛槍を大きく横薙ぎして異民族兵と距離をとったのち、私のもとへと戻ってきた。
「いかがでしたか。私の戦い方は」
「ご苦労さまでした。個人の武はたいしたものです。一対一だけでなく一対他でもじゅうぶんに通用しますね。ただ周りの味方と連携した戦い方はできていなかったように見えます。あなたは切り込み隊長よりも切り札としてとっておくべきね」
ボルウィックが多少不満の声をあげたが、今は戦況全体を把握しておかなければならないときだ。
わが軍は丘を下り終えてすでに乱戦へと移行した。
しかし敵は戦意を失っている。
程なく退却の指令が出て、一挙に軍を反転させて逃げを打ったようだ。
「追いますか?」
ボルウィックが伺いを立ててきた。
「いえ、まずは距離を置きましょう。もうじき敵軍が揃うでしょうし、そうなればオサイン伯爵とアイネ子爵の軍が到着するはずです。あとはアルメダさんが機を見て魔法を炸裂してくれれば、そこで戦意を失うでしょう」
「もし失わなければ、どうなさいますか?」
「オサイン伯爵とアイネ子爵に負担はかけたくないので、伏兵を用いて一気に勝負をつけます」
伏兵は私の合図を待っているはずだ。そして、その私はアルメダさんの魔法を待っている。
それぞれが信頼していないと成立しない戦い方である。
ウィケッドとバーニーズに部隊の再編を急がせ、敵軍を半包囲に陥れるために陣形を整えた。
完了すると、その陣形のままゆっくりと前進して異民族軍を押し下げていく。
ここまでは『孫子の兵法』に書かれた計算どおりだ。
このまま進めば、いずれ敵軍を包囲下に置けるだろう。
これで異民族軍が屈服してくれればよいのだが、危機に陥った軍を助けるために本拠地から増援が来ないともかぎらない。
ユーリマン伯爵ににらみを利かせてもらっているので、その心配はおそらくしなくてよいだろう。
となればいつオサイン伯爵とアイネ子爵の軍が到着するかだ。
おそらく敵の進軍から脱落した兵を処理しているはずだから、戦場には少し遅れるだろうと見ていた。
優勢に進めてはいるものの、いまだ楽観視できる戦況ではない。
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