第20話 魔法電話
斥候からの情報では、やはり第三便で事態に気づいた異民族軍はただちに転進してこちらに向かおうとしているという。
オサイン伯爵たちは急いで兵を再編して追撃戦へと移行したようだ。
ユーリマン伯爵と食事をともにしながらその報を聞いた。
「これでオサイン伯爵たちは攻守が逆転したようですね」
「これまでに兵を損ねていなければよいのですが……」
兵は無限に湧いてこない。ちょっと考えればわかることだ。
それなのに兵を使い捨てにする戦い方では、いずれ戦いを継続できなくなるだけだ。
可能な限り兵の損耗を抑えるのも指揮官の務めである。
伝令にウィケッドとバーニーズを呼んでこさせた。
「明後日に敵軍がこちらへ攻めてきます。ゆっくりしていられるのも明日までですから、そのことを兵たちに伝えておいてください。兵が適度な緊張感を保っていれば、この戦、負けることはありません」
用件を伝えられたふたりはすぐに中隊員に伝えに向かった。
しかし明日まではのんびりとしていられるのだから、取り立てて混乱が起こるとか士気を高めようとかする気配はない。
これでいい。気を張るのは当日になってからでじゅうぶんだ。
それまで心も体も休めておくのが、よい戦を繰り広げる条件のひとつである。
気になるのは天候だったが、土地の者に話を聞いたら明日明後日も陽気が続くらしい。
それなら一気に戦力差で圧倒できる。
戦う前から勝利は決定しているのである。
あとはどれだけ勝つかだ。
あまり勝ちすぎてしまうと異民族がものの役に立たなくなってしまう。
できれば巨大国家アルマータ共和国の支配を脱してこちらに付いてくれるのが最上だ。
これは戦略としての話だが、アルマータ共和国と戦うには今の帝国側では兵力が足りていないのだ。
多少の戦力差なら用兵でなんとか補えなくもないが、差が開きすぎると戦う前から兵があきらめてしまう。
投げ出さないほどまでには兵力を整えておかなければ、大陸の統一は達成できないだろう。
「ユーリマン伯爵、明日は朝から馬防柵やまきびしなどの罠や、伏兵を置く位置などを確認しておきましょう。できれば敵を一方向からのみ攻撃させたいのです」
「確かに最初に戻ってくるのは騎兵でしょう。足を止めさせさえすれば戦いようはあります」
「おそらく指揮官も騎兵とともに戻ってくるはずです。前線で指揮をとらなければ勝手に戦わせてしまうことになりますから」
伯爵は頷きながらこちらを窺っている。
もしかしたらパイアル公爵の試験官として私の手並みを評価しようというのではないか。
軍官吏のカイラムおじさんからだけでは情報としては一面的すぎる。
そもそもユーリマン伯爵が陣営に加わったのもパイアル公爵の指示によるものだった。
となれば手は抜けないか。
まあ『孫子の兵法』を実践するためにも、手を抜いてなどいられないのだが。そのあたりの事情はいっさい話していないので、手を抜くのではないかと訝られても仕方がない。
問題は味方の誰にも気づかれずにどこまで攻撃の手を緩められるかである。
懐の深さを見せつけないと、敵の戦意を挫くのは難しい。
容赦なく叩き潰そうとすれば想定外の被害が出てしまう。
このあたりのさじ加減は『孫子の兵法』には載っていない。
しかし、戦いようはあるはずだ。
とくに晴れているのなら、魔術師アルメダの炎の魔法が威力を発揮する。
今回は「
補給を断てば退路も奪える。
そうすれば敵をこちらの思惑に乗せやすくなるだろう。
そのためにもまずは味方の戦力確認をしておきたい。
あまり人に使われるのを好まないアルメダだが、今回は戦いに用いるわけではないので気兼ねなく呼び出した。
「アルメダさん、今こちらへ向かってきているオサイン伯爵かアイネ子爵と連絡をとりたいのですけど、先方の魔術師と接触できるかしら」
「それでしたらこちらの魔道具をお使いください」
と四角いレンガを渡された。これって……。
「魔術師ギルドがアルマータ共和国から技術を盗んで作らせたという“魔法電話”というものなんですけど」
「……これ、魔術師なら誰でも持っているものなの?」
「ええ、独り立ちする魔術師全員に支給されますわ」
ユーリマン伯爵が不思議な表情を浮かべている。
「見るのは初めてなんですか?」
「え、ええ。まさかこんなものが存在するとは思わなかったので……」
これがなぜここにあるのか。
スマートフォンではなく古の車載電話に似ている。
ということはアルマータ共和国にも私以外の転生者がいるのではないか。
しかもこれだけの大きさにしてあるということは、少なくとも私より三十年以上前の世代の転生者ということになるのだろうか。
もしそうならこちらの出方もすべてバレている可能性も考えられる。
できることなら『孫子の兵法』に明るくなければよいのだが。
「アルメダさん、使い方を教えていただけるかしら」
「ここを押しながら相手の名前を呼べばつながりますわ」
「オサイン伯爵とかアイネ子爵とか言えばいいの?」
「彼らに付いている魔術師の名前ですわ」
「うーん……知らないんですよね。まさかこんな道具が存在するなんて思ってもみなかったから」
ユーリマン伯爵がこのやりとりに割って入った。
「魔法電話をかけるなら部隊長付きの魔術師にかけるべきですね。オサイン伯爵の専属魔術師はユミルですね」
レンガの中央を押しながら「ユミル」と呼ぶと、程なくして声が聞こえてきた。
〔はい、ユミルですが〕
「あ、私アルメダさんの雇い主でベルナー子爵夫人と申します」
〔子爵夫人がなんの用でしょうか。今そちらへ向かって全力で馬を走らせているのですが〕
「そちらの損害状況を教えてほしいんです。こちらは明後日には異民族軍を迎え撃てる位置にいますので」
〔子爵夫人が伯爵にものを尋ねるのですか?〕
ちょっと替わってくださいとユーリマン伯爵が応えた。
「私はユーリマン伯爵だが、そちらの損害状況を教えていただきたい」
〔伯爵閣下、恐れ入ります。オサイン伯爵が二割、アイネ子爵が二割八分の損害を出しております〕
「わかりました。報告ご苦労さま。またベルナー子爵夫人に替わります」
「決まりをわかっておらず申し訳ございませんでした。もうひとつお尋ねしたいのですが、そちらは不眠不休でこちらに向かっているのか、一日の行軍が終わったら都度休んで食事もしっかりととっているかを知りたいのですが」
〔……不眠不休でそちらへ向かっております。子爵夫人、用件はそれだけでしょうか。それでは失礼致します〕
通話が切れた。
これはまずいかもしれない。
最善策であった前後からの挟撃が成立しないおそれがある。
こうなったらアルメダに新しい指示を出さないといけないけど。
彼女に過度な負担はかけたくないところだ。
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