第二章 嫉妬と爵位
第9話 中隊長の特権
カイラムおじさんは軍官吏として私たちの部隊の行動記録をまとめる仕事に精を出している。
中隊長の特権とやらは、仲間と褒美を受け取ったあとで護衛のボルウィックから聞くこととなった。
「中隊長は貴族士官が将軍へ進むための入り口です。ここで目覚ましい軍功を立てた中隊長が大隊長へと昇進し、伯爵を名乗ることができます。このたびラクタル様が養子縁組なさる貴族はベルナー子爵家なので、ラクタル様もベルナー子爵夫人ということになります」
「実際に結婚しないのに“夫人”を名乗らなければならないのね」
「お嫌ですか?」
「まあ戦場では男性も女性も関係ありませんから」
「なんとも勇ましいことで」
含み笑いをするボルウィックにいちおう聞いたおこう。
「ところで確認なんだけど、貴族は
「はい? なんですか、その公侯伯子男とやらは」
「私なりの貴族の憶え方なんだけど、貴族の階級は上から順に公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵でいいのよね?」
「そのとおりです」
「で、農家の出の私が男爵を通り越していきなり子爵というのはどうしてなの?」
ああと言ってボルウィックは右手で左手のひらをぽんと叩いた。
「男爵は通常新しく生まれた子どもに付けられる爵位でして、青年を迎えてから功をあげると昇進して子爵となります。後は親の爵位を継ぐときが来たらそこまで一足飛びで昇進します」
ということは「小隊長」だった私が功をあげて、貴族だけが就ける「中隊長」になるために、とりあえず「小隊長」の頃を男爵とみなして、そこから軍功をあげたので子爵へ格上げされたわけなのか。
ここからはちょっと込み入った話になるので、人目を避けるために裏道に踏み入った。
「ところでボルウィックは大陸随一の剣豪ってことだけど、今までの対戦成績はどのくらいあるの?」
「剣闘士としての対戦成績はとりあえず五十戦全勝です」
剣闘士って闘技場で戦う剣士のことよね。
一対一では強くても、一対多でもうまく立ちまわれるのだろうか。
また私を守りながら敵を倒せるものなのだろうか。
ボルウィックはウィケッドよりも背が高く百九十センチくらいはありそうね。
袖のない服を着ているが、腕の筋肉もかなり発達しているようだ。
胸板も厚そうだし太ももやふくらはぎの筋肉も太い。スタミナはともかくスピードに関しては誰にも負けないだろう。
「闘技場では素早さで敵を圧倒して一気に仕留める戦い方をしているのですか?」
「よくわかりましたね。素早さでは誰にも負けませんよ」
「誰かを守りながら戦ったり、長時間戦ったりした経験は?」
ボルウィックは言葉に詰まったようだ。そしてハハハと軽く笑う。
「いや、なかなか手厳しいですねラクタル様は。確かにそういった戦いはしたことがありません。それでなにか不足がございますか?」
「そうね。戦場は闘技場ではないから、襲い来る敵に片っ端から戦いを挑んでいたら、いくらあなたでも体力が尽きて負けてしまうでしょうね」
「では、体力をつける鍛錬を積みましょうか?」
意外と真面目一辺倒なボルウィックを見て、笑いがこみ上げてきた。
「いえ、あなたはあなたの戦い方をしてください。あなたを活かす戦い方をお膳立てするのも、中隊長である私の役目ですから」
「そう言っていただけると助かります」
するとボルウィックは声も出さずに腰に吊るした長剣を一閃した。
金属が跳ねる音が聞こえてくる。少し離れたところに投擲武器かなにかだろうか、金属片がふたつ落ちている。
簡単に言ってしまえば忍者の使う手裏剣だ。
「これは隠密部隊が使う飛び
「暗殺者?」
「はい、今のところはただの警告だと存じます。……怖いですか?」
彼の声で体がわなないているのに気がついた。
「怖くないと言ったら嘘になるわね。でもこれであなたが大陸随一の剣豪だと証明できたわね。どこかで試させてもらうつもりだったから、手間が省けてよかったわ」
ふっと息を吐いたボルウィックは、呆れたような感嘆したような雰囲気を醸し出していた。
「さすがにパイアル公爵が一目置くだけのことはおありだ。肝の据わり方が並みの女性とは思えない」
「私、軍師になりたいんです。大陸を平和に導くような軍師に」
「平和ですか。いいですね。私も戦乱が治まった世界で、思う存分強い敵を求めて旅がしたいと思っておりました」
「パイアル公爵に頼めばよかったんじゃないの?」
「あの方は私の雇い主ですから。なかなか手放そうとは思わないはずです」
公爵の体型を思い返してみたが、確かに日頃から鍛えているようだった。
「それがあなたの護衛役に抜擢されたわけです。公爵閣下はあなたの才能をとても高く評価されているようですね」
「それに見合った働きを期待されている、ということよね」
「だと存じます。」
そういえば中隊長の特権についてあまり聞いていなかったな。
「中隊長になったら魔術師を雇えるって聞いていたんですけど、他にどんな特権があるんですか?」
「そうですね。まず戦場での自由な裁量が委ねられます。このたびのラクタル様のように、いつどこにどのくらいの兵力を投入するか。また戦の勝敗がついたか判断できます」
ボルウィックはさらに続けた。
「与えられた兵をどのような役割につけるかや、部隊の編成も任されます。とはいえ帝国には全員が乗れるだけの馬は存在しませんから、異民族軍のような騎兵隊を組織するのは難しいでしょうね」
「弓や弩はどのくらい調達できそうなの?」
「それでしたら無限にあると思っていただいて結構です。セマティク帝国は弓と弩の生産国で専用の矢も多数製造しています」
なるほど。
ということは『孫子の兵法』の戦い方が応用できそうね。
中隊長の特権は最大限に活かさせてもらおうかな。
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