第10話 疑念
「ところでボルウィック、先ほど襲撃してきた者の素性はわかりますか?」
「そうですね。ちょっとお待ちください」
彼は長剣で弾き飛ばしたふたつの金属片を回収した。
「さすがに名前は書いてないんじゃないかな、と」
「いえ、飛び
アンジェント侯爵か。
さすがにパイアル公爵の伝令が退却を告げに行ったから、戻ってきていても不思議はないわけだけど。
やはり軍功を私たちに奪われたと知って、脅しをかけておこうということだろうか。
「いちおうパイアル閣下のお耳に入れておいたほうがよさそうね。牽制にもなるでしょうから」
彼は苦笑いを隠さなかった。
「あなた様は公爵閣下をも手駒になさるのですね」
「大陸の平和のためには、誰だって使わせてもらいます。恩義ある閣下も利用できるのなら使わなきゃ損ですよ」
「確かに、利用できるのにしないで後悔するよりは遥かにましですね」
「でもどうやって公爵とアポイントメントをとればいいんだろう?」
「アポ、イン?ト、メント?」
しまった。つい英語を使ってしまった。
武器の名前などは英単語でそのまま通じるのだが、それ以外の用語はいっさい伝わらないらしい。
「ああ、こちらの暗号よ。どうやって接触すればよいのかってこと」
「それでしたらカイラム様を通せばよろしいですよ。あの方は公爵付きの軍官吏でいらっしゃいますから」
軍官吏にこんな雑用をお願いしてもよいものだろうか。
でも彼のおかげでここまで昇進できたわけだから、やはり使えるものは使っておくべきか。
「じゃあまずはカイラムさんのところへ行きましょう。案内してくださいますよね、ボルウィック?」
「やはり人使いが荒いですよ、ラクタル様は」
またもや苦笑いを浮かべている。
私はあと何度、彼にこの表情をさせることになるのだろうか。
◇◇◇
「カイラム様が報告書をまとめてパイアル閣下に提出する直前で助かりましたね。これで閣下がアンジェント侯爵派を牽制してくれますよ」
「ただ閣下の手を煩わせるだけでは、見込まれているとは言えないかもね」
「ということはなにかお考えですね」
「ちょっと耳を貸してくれない?」
彼の耳元でちょっとした策略を話した。
それはとても単純な策だが、うまくハマれば今後襲撃に怯える心配がなくなる。
せっかく皇城に来たのだし、ここはいったん中隊の執務室へ向かってウィケッドとバーニーズを呼び出そう。
急使を走らせてふたりを待った。
「ラクタル様、ウィケッド様とバーニーズ様がお見えになりました」
「通してください」
私の秘書を務める女性がふたりを執務室へ招き入れた。
「あなたは隣室で待機していてください。内密な用件がありますので」
「かしこまりました。必要になったら鈴を鳴らしてお呼びくださいませ」
「わかったわ」
秘書が隣室に下がると、バーニーズは馴れ馴れしい態度をとった。
「ラクタル様、どんな用件なんですか? 国境付近に異民族軍が現れたという報告はないはずですが」
「今回は帝国内部の大掃除を致します」
「帝国内部の大掃除?」
バーニーズだけでなくウィケッドも声を合わせて問い返してきた。
そこで先ほど襲撃を受けたことを伝えた。
「なるほど。それなら後顧の憂いなく戦うためにも、大掃除はしておくべきですね」
比較的冷静なウィケッドが声量を抑えている。
「はい。ですので、そのための下準備をあなた方にしていただきたいのです」
「で、これを成功させたら恩賞は出るのかい?」
「出ませんよ」
事もなく投げ返した。
「出ないんですか!」
こほんとひとつ咳払いをし、バーニーズに向けて声量を抑えた。
「あなたは憲兵隊に行って何者かがベルナー子爵夫人に不貞な企みをしている、と吹き込んで彼らを動かしてください」
「ベルナー子爵夫人ってどなたです?」
「私です」
空気が止まった。
「ええっ!? いつから貴族になられたんですか、ラクタル様!」
「つい先日のことですよ。護衛にボルウィックが付いたのもそのためです」
「出世すれば貴族にもなれるのか。俺も昇進してえ!」
「才能の差だな。俺もお前もラクタル様に遠く及ばない」
ウィケッドはバーニーズの右肩に手を添えた。
「スタート地点は俺たちよりずっと後ろだったはずだ。だが立てた軍功が目覚ましく、パイアル閣下の憶えがよろしかったんだろうな」
もう一度咳払いしてふたりを黙らせた。
「ウィケッドは官憲に行って、同じく何者かがベルナー子爵夫人に不貞な企みをしていると伝えてください。軍官吏のカイラムさんを通すと話が早いはずです」
「わかりました。ベルナー子爵夫人」
「軍務ではラクタルでかまいませんよ」
「はい、ラクタル様!」
ふたりを退室させて事務作業にとりかかった。
この世界の文字にも慣れたことだし、雑務は手早く終わらせてしまおう。
こういうとき、受験勉強で培った集中力が役に立つな。
まあこちらの世界に転生できるのがわかっていたら、もっと現実世界のチート技術を学んでおくべきだった。
スマホとかコンピュータとかインターネットなんかがあったら、こんな旧式の世界を一気に産業革命させられたかもしれない。
そういえば、今まで異民族とばかり戦っていたけど、その背後には巨大国家アルマータ共和国が控えている。
あの国はすでに産業革命を起こしているようだ。
考えたくはないのだが、私以外に転生者がいるのではなかろうか。
そしてもし私以上に軍事に明るい者が転生していたら。
私はこの世界を統一できるのだろうか。
いや、今考えるべきはそれじゃない。
襲撃者の裏を探ることにある。
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