第27話 広い邸宅
この場にいる者全員の自己紹介が終わったところで、エミリさんはとくに飾り気のない指輪を差し出してきた。
「ラクタル様、前伯爵様から後継者にお渡しするよう申し受けていた指輪でございます。こちらを着けて日頃は外さないようにしてくださいませ」
「なにか特別な力が宿っているのかな? たとえば強力な結界が張れる魔法の指輪、とか」
「似たようなものでございますね。あなた様の安全を保証する魔法の指輪、とだけお伝えしておきます」
するとどこからともなく香ばしく美味しそうな匂いが漂ってきた。
程なくして台車に皿を載せて、料理人たちが現れた。
「とりあえず、今持ち込んだ食材で簡単な主菜を作ってみました。私、料理長のソクテスと申します、閣下。もしお気に召しませなんだら、クビにしていただいてかまいません」
「ありがとうございます。これだけ美味しそうな匂いをさせて、まずいとは思わないでしょう。香りも含めないと正確には味わえないものですから」
「おっしゃるとおりです」
カイラムおじさんから声がかかった。
「あとで数日分の食費代を渡すから、食材をひと通り揃えてくるとよかろう」
「カイラム様、ありがとうございます。感想を聞いた後、さっそく料理人たちと買い出しに向かいます」
ということは今配られたこのひと皿で、料理人たちの雇用を決めることになるのか。
あまり上等な食材を使われていたら、舌が慣れていないからおいしく感じない、なんてこともあるんだろうな。
小刀と刺し箸を使って鶏肉を切り分けて、恐る恐る口に運んだ。
「美味しい……。皮がパリッと、肉がしっとりとしていて、ちょっと香辛料を利かせてあって味に力強さが感じられる……。こんなに美味しい鶏肉料理、初めて食べました!」
「では、採用試験は合格したと思ってよろしいのでしょうか」
「はい! こんな簡単な食材をこうもおいしくできるなんて、ソクテスさん、才能ありますよ!」
エミリさんが声をかけてきた。
「このソクテスは帝国料理人大会で優勝したほどの腕前です。お口に合いましたのも、彼の技能の賜物です」
「食事が終わった者から、それぞれの職務に復帰してください。私はラクタル様をこの館の各部屋へご案内して差し上げますので」
名残惜しいが最後のひと口をよく噛んで味わいながら喉を通していく。
「それではラクタル様、邸内をご案内致しますね」
「はい、お願いします」
「ということでこの四階に前伯爵様が暮らしていた寝室がございます。この隣に書斎と執務室がありまして、面会室と客間は下の二階にございます。一階は集会場として使えるよう、広い間取りの一室に演壇が設けてあります。その控室が五部屋と男女別の廁が存在します。私たち使用人は三階に部屋を割り当てられておりますゆえ、後日それぞれの部屋においでいただけたらと存じます」
それにしても本当に広い館だな。
これでまだ地上四階部分だけしか案内されていない。
「地下室は主に退避室と雇い入れている間者を住まわせる部屋となっています。こちらはラクタル様が使用されないのが望ましいのですが、いつ何時変事が起こるともかぎりませんので、いちおう退避室の入り方と使い方をあとで確認していただきます」
な、長かった。
やはりこの館の広さを甘く見すぎていた。
マンション一棟を借り上げて、用途に合った改装を加えたようなものだ。
もっと言い換えればホームセンターやショッピングモールのような場所である。
「それでは夕食まで少し時間がございますので、この四階を見てまわっていてくださいませ。準備ができ次第お呼びに伺います」
エミリさんが私の元を去って、静寂があたりを包んでいると、どうにもせつない気持ちに襲われる。
とりあえず書斎に入り、難しそうな書籍の山を眺めることにした。
“魔法に関する書物”が多く、前伯爵は魔法マニアだったのかもしれないな。
この世にどんな魔法があるのか知りたくなってこれだけのコレクションが築かれた。
私も軍師として兵団を指揮するようになったら、今まで以上に魔法に詳しくなければものの役にも立たないだろう。
当分はここと寝室に張り付けになりそうだ。
するとちょって気になる書物を見つけた。
だが、高い位置にあるためそばに置かれた梯子を引き寄せて固定したのち昇っていく。
『勇者召喚魔法大全』と書かれた書物である。
もしかしたら、これを読んで私を転生させたのかもしれない。
まあ私は勇者でもないし、召喚されたというより異世界へ転生してきたので、題名どおりの人物というわけではない。
しかしアルマータ共和国を巨大国家にした人物は、ひょっとすると私のいた世界から召喚された勇者ということもありうるのだ。
とすれば異世界転移ということになる。
レンガ状の携帯電話が存在し、魔法機関ではあるものの、馬が要らない馬車もあるというから、ますますこの書物に書かれたようなやり方で勇者が降臨したのかもしれない。
すると梯子もろとも書架が壁に吸い込まれていく。私は降りることも声を上げることもままならず、壁の中へと吸い込まれていった。
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