第43話 弾道ミサイル
雑木林を抜けたアルマータ共和国軍を追撃するわが軍は、深い谷の地形に誘い出された。ここにどんどんわが軍の兵が集まってくるのだ。
やはり狙いはここか。
ゲオルグさんを中心とした突撃部隊に谷を迂回させて敵の補給を断つよう指示した。
突然、遠くから雷のような空気の振動が伝わってきた。
やはり来たようだ。
しかしこちらもすでに手は打ってある。
音速を超えて飛んでくると思われる弾道ミサイルの飛行経路はある程度計算できる。
弾道軌道で撃ち出しているのだから、打ち上げた場所さえわかればどの角度でこちらに向かってくるかも計算できる。
そしてわがセマティク帝国の空間魔法の使い手は精鋭揃いだ。
谷の向こうから男の声が聞こえてくる。
「てめえらはもう終わりだ! よくも俺様を捕虜にしやがったな! とくにイーベル、てめえだけは絶対に許さん!」
この声は異世界転生者タイラ・キミヒコのもので間違いない。
ちっぽけな自尊心が大いに傷ついたのだろう。
「これから十数えてやる。それがてめえらに残された命の時間だ! 十……九……八……」
復讐に躍起になるのは間違いではない。
しかしわざわざカウントダウンするのは馬鹿のすることだ。
こちらに着弾のタイミングを教えるようなものだからな。
魔術師は空間魔法で空を覆っていく。
ここに入ったらどこへ落ちるのか。おそらくタイラは気づかないだろう。
気づいたときには身の破滅を招いているはずだ。
「三……二……一」
空間魔法が最大化した。
「ゼロ、チュドーン!!」
切り裂かれた空気が衝撃波となって襲ってくる。
しかし、谷は爆発しなかった。
代わりに遠くから大きな爆発音が轟いてくる。
「なぜ爆発しない! 俺のミサイルは完璧だ! ここはこいつらの墓場となる。なのに、ミサイルはどこへ行った!」
「タイラ、失敗したのならわれわれは反撃に出るぞ。もともと数ではこちらが上回っているんだ。“ミサイル”とやらのことは知らんが、通常戦闘で勝利するのみ! 皆のもの行くぞ!」
アルマータ共和国軍が太鼓を打ち鳴らして密集陣形で突撃してくる。
程なくして空間魔法の使い手たちが私のそばに戻ってきた。
「リベロさん、皆様。あなた方の功績は大。この戦における軍功第一です。あとは私たちに任せて皆さんは後退してください」
「いえ、私たちはイーベル侯爵閣下をお支え致します。われらは空間魔法以外も扱えますゆえ、ぜひおそばに置いてくださいませ」
リベロさんを筆頭に懇願する姿を見た。
このまま帰せばかえって彼らの忠義を欠いてしまうだろう。
「わかりました。それではわが隊の後ろで控えていてください。窮地に陥った際には助力を頼みますゆえ」
はっ! との声が聞こえ、彼らは後列へと下がっていく。
次にアルメダさんを呼び寄せて火炎魔法で数にまさるアルマータ共和国軍との距離を保つよう指示を出した。
まずは敵に押されているふうを装って、時間を稼ぐ。
このまま時間を稼げば、ゲオルグさんたちが敵の補給を断ってくれる。
後方にある輜、庫、隊を焼く。『孫子の兵法』火攻篇第十二である。
遠くから黒い煙が立ちのぼっている。ゲオルグさんが敵の物資貯蔵庫を焼いたのだ。
これで補給は断った。
それを確認したらゲオルグさん率いる突撃部隊はアルマータ領内からかの軍を襲い、挟撃が完成する。
アンジェント侯爵軍はさらなる猪突に出たが、前線の指揮官は敵のほうが一枚上手だった。
巧みに隊列を下げていき侯爵軍の猪突は回避され、空転したところを一気に突き崩されたのだ。
わが軍は崩れそうになっているアンジェント侯爵軍を支えるように全軍で突撃し、急速に距離を縮めた。
するとアルマータ領内からの急使が到着したようで、物資貯蔵庫が焼かれたと報告が入ったようだ。
ここから先、長期戦に持ち込めばこちらの勝ちが確定する。
だからアルマータ共和国軍は勝つために全力をもって短期決戦を挑んでくるしかなかった。
そしてそれこそが数で劣るわが軍が敵に勝つ唯一の道でもあった。
まずは突撃の距離を稼がせないために全軍を敵に密接させる。
もちろん数で劣るわが軍は手出しせず防御一辺倒の指示を出した。
業を煮やしたアルマータ共和国軍がさらにこちらを圧迫しようと部隊を前後に分けて後列の突撃距離を確保した。
そのまま突撃されてはこちらに勝ち目はない。
アルメダさんたちに後列の兵を火炎魔法で攻撃させて動きを拘束する。
燃えていく部隊を見てあきらめたのか、アルマータ軍の指揮官は混戦を演出するべく全軍でこちらを押してきた。
兵数による力比べだが、そのまま付き合っていたら数に劣るわれらが一挙に不利となる。
そこでわざと中央を突破されたように見せかけて敵を深く誘い込み一挙に反撃に出て敵軍へ消耗を強いていく。
もうじきだ。じきにゲオルグさんの部隊が到着する。
そうすれば挟撃態勢が整う。
こちらの意図を見抜いたのか、アルマータ軍は一気に軍を押し込んでわが軍の統制を乱そうとしてきた。
アルメダさんたちにまたしても火炎魔法を撃ってもらい、敵軍の注意を惹きつけてから全軍を大きく下げる。
そうして生まれた空間に「炎の壁」を出現させ、わが軍の立て直しを急いだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます