第40話 捕虜交換

 捕虜の交換が行なわれることとなった。

 交換の場である修道院の一室において、こちらが捕らえたタイラ・キミヒコは余裕の顔を浮かべている。

 次いでアルマータ共和国に捕らえられていたアンジェント侯爵、オサイン伯爵、アイネ子爵が後手に縛られながら入ってきた。


「イーベル伯、遅いではないか! なにをもたもたしておったんじゃ。私はお前よりも身分が上なんだぞ! 捕虜を代わるなど手の打ちようはあったはずじゃ」

 侯爵と伯爵と子爵の三人の代わりが伯爵ひとりに務まるものだろうか。

 その訴えには実現の根拠が欠けていた。


「申し訳ございません。アルマータ共和国がすぐに攻めてきたため、なんの策も打てなくなりました」

「ふん! 単に身代わりになりたくなかっただけじゃろうが」

 正当な理由があるのなら別だが、アンジェント侯爵らが敗れたのは彼ら自身に責任があるのだ。

 それを伯爵ひとりにとらせようとは浅はかな。


「へえ、あんた、イーベル伯爵ちゅうのか。可愛い顔してたいしたもんだ」

 タイラの言い分は明らかにこの場の雰囲気から外れている。後頭部をひと殴りした。

「痛えな、あんたのこと褒めただけじゃん!」

「褒められるいわれはないわ」

 修道女が双方を仲立ちする形で儀式を進めていく。

「アルマータ共和国のタイラと、セマティク帝国のアンジェント侯爵、オサイン伯爵、アイネ子爵との捕虜交換を行ないます。双方前へ」

 アンジェント侯爵らは前に進むが、タイラは私の前にとどまったままだ。

「おい、話を聞いていなかったのか。お前も前進しろ! 前進しなければここで斬り伏せてくれるわ。ボルウィック、頼むわよ」

「おいおい、ちょっとズルけただけじゃねえか。前に進めばいいんだろ、前に」

 双方が前進を続けてお互いすれ違う。

 アンジェント侯爵らはそこから駆け出してこちら側に到着した。

 タイラはといえば悠然と歩き去っていく。


 異世界転生者にしては余裕があるな。

 戦乱の世で、貴族とはいえ逸早く味方に確保されたいと思ったアンジェント侯爵ら三名が小さく見えてしまう。


「あの男、何者なんじゃ。私たち貴族三名と引き換えにしてまで取り戻したいのか?」

「おそらくそうなのでしょう。もしかしたらアルマータ共和国の大統領とやらの息子なのかもしれません」

「なに? あの男、それほどの重要人物だったのか! それでは捕虜交換などせず共和国の足元を見放題ではないか」

「あくまでもたとえですよ、たとえ」

「まあよい。私に再起戦をご下命くださったら、あの男をもう一度とっ捕まえてくれるわ」

 今回捕まえたのはパイアル公爵と私なんだけどなあ。

 まあそこをツッコむべきじゃないだろう。


「ゲオルグさん、皆様を丁重に馬車へお連れしてください」

「はい、かしこまりました。イーベル侯爵」

 そのわざとらしいしゃべり方でアンジェント侯爵も気づいたらしい。

「なんじゃと? 貴様いつの間に侯爵になったのじゃ」

「あのタイラを捕虜にした戦での功績によって、つい先頃の話でございます、閣下」

 制服に侯爵を示すバッジも付けていたのだが、まったく気づかなかったらしい。


 ◇◇◇


「しかし、あのアンジェント侯爵たちの顔、エミリ姉さんにも見せたかったですよ」

 ゲオルグが自慢げに館のみんなに話をしている。

「まあアンジェント侯爵は爵位を鼻にかけるところがありますからね。まさかラクタル様が自分と爵位が並んだことを信じられなかったのかもしれませんが」

 秘書のエミリは冷静に分析していく。


「伯爵家を侯爵家にしていただいたのです。私たちは皆感謝しております。しかし、だからこそアンジェント侯爵派の貴族から目の敵にされるでしょうね。陛下から軍権を委ねられたからといって、オサイン伯爵やアイネ子爵はともかくアンジェント侯爵は命令には従いますまい」

 少なくとも次の戦には参戦するかもしれないが、パイアル公爵が出陣すれば私が軍師としてお供し、アンジェント侯爵らに指示を出すだけだ。

 それだけの権限を陛下から賜っている。


「まあ最初のうちは私の指示に従っていただけないでしょう。それでも私は彼らを助けるつもりです。アンジェント侯爵らのご機嫌をとりたいからではありません。従っている兵たちの命を守りたいからです」

 将のご機嫌を伺ってばかりいて、下で働いている兵を蔑ろにしてはならない。

 捕虜交換にしても階級の高い者から順になるため、貴族は平気でミスを犯して捕虜になる。これでは兵たちが報われない。


「オサイン伯爵も帰着したということは、ユミルさんとは今日でお別れですね」

「できればこのまま侯爵閣下のもとで働きたいのですが……」

「でしたら私から伯爵に掛け合ってみるけど、どうなさいますか?」

 首を左右に振っている。

「もし私が戻らなかったとしたら、伯爵は烈火のごとく猛り叫ぶでしょう。その矛先が侯爵閣下に向かったら、お立場をさらに悪くされるかもしれません。それに次の戦において侯爵閣下が軍の指揮をとる際、私がオサイン伯爵を説得できれば指示に従うよう忠言できるかもしれません」

「さようでございますか。確かにそちらのほうが侯爵にとってはよろしいかもしれませんわね」

 エミリはいかにも事務的な姿勢だ。


「私はいつでもユミルさんをお待ちしております。もしオサイン伯爵から解雇されたら、迷わずうちに来てください。相応の待遇をお約束致しますので」

「ありがとうございます、侯爵閣下。そのときはご厚意に甘えさせていただきます」


 正直、ユミルさんを失うのは痛い。

 アルメダさんとともに火炎魔法の使い手としてとても優秀な働きを示してくれた。

 先の戦いでも「炎の壁」で多くの“戦車”を破壊して功績をあげている。


 次に宮廷で会ったとき、彼女はどんな立場にあるのだろうか。

 オサイン伯爵が捕らえられたのに、伯爵付き魔術師として上司と命運をともにしなかったとして、なんらかの不利な立場に置かれるかもしれない。

 その際はパイアル公爵に掛け合って、陛下のご意向という形で私のもとに引き入れられたら言うことはないのだが。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る