『孫子の兵法』オタクの女子高校生が異世界転生!軍師に成り上がって大陸制覇を目指します!
カイ艦長
異世界孫子
第一章 転生と出世
第1話 蘇る記憶
「ラクタル、はい、これおまけだよ」
魚屋で買い物をしていたら、店主が柑橘をひとつ付けてくれた。
「アリアさんありがとうございます!」
元気よく応えると、上空の雲が急速に厚くなっている。
「どうやらこれからひと雨ありそうだね。どうする、うちで雨宿りしていくかい? どうせひとり暮らしなんだから急ぐ必要もないでしょう?」
魚屋のアリアさんはいつも私を気にかけてくれる。
身寄りのいない私にとってはお母さんのような存在だ。
上空の雲行きを確認すると、どうやら雲が厚くなるのはこの帝都アーセムの地域だけのようである。このくらいならば。
「そうですね。まあ走れば多少降られても帰れないわけじゃないとは思うので、今日はここで失礼致しますね」
「気をつけて帰りなよ」
大きく一礼して、隣のブノワ町へと駆け出した。
雲はみるみる厚くなり、陽光が遮られてあたりが徐々に薄暗くなっていく。
これは判断を間違えたかも。
でも全力で走りさえすれば、大雨からは逃げ切れるはず。
買ったものを容れた籐と麻で出来た背負いかごを担ぎ直して、さらに全力で駆けていく。
すると上空からゴロゴロと不穏な音が聞こえてきた。
気にしない気にしない。もうじき町まで到着するから、かまわず農道を駆け抜けよう。
眼前が真っ白くなったと思ったら体に衝撃を感じて大きな破裂音が耳をつんざいた。そのまま一気に意識が遠のいていく──。
──あれ? 目の前が真っ暗になっちゃったけど……ここ、どこ?
しばらくすると暗がりから見知らぬ光景が浮かんできた。
なんだかとても難しそうな書物を読んでいる。
男の子に馬鹿にされながらも、同じ書物を何度も何度も繰り返し読み続けていた。
そう、私はいつも書物を読んでいた。でもこんな景色は見たことがない。
これって本当に私の記憶なのだろうか?
着ている服も私が着ているような麻服ではなく、光沢があって絹のような上等な代物だろう。
書物には手書きとは思えないほど線がとても細くて綺麗な文字がびっしりと記されている。
そしてその文字だって今までに見たことがないほど線が多くて複雑な形をしている。
この密度にこれだけ小さな文字が整然と並んでいるなんて。
こんな書物は今までに見たことがない。
私には理解が及ばないことばかりだ。
でも、書物の表紙に意識を集中していくと、なにかの言葉が頭に浮かんできた。
「そ・ん・し」
口に出してみると、意外なほどしっくりきた。
「そんし」とはいったいなんなのかはさっぱりわからない。
でも私はこの見たこともない文字が「そんし」と呼ばれることをなぜだか知っている。
その線の多い文字と少ない文字の組み合わせをじっと見つめた。
どの文字が「そんし」なのかを確かめるように見つめ続けた。
そしてある文字に吸い込まれるように見入っていた。
それは「孫子」。
そうだ。これは「孫子」。
昔々の中原と呼ばれた地域にある小国を覇者にまで上り詰めさせた稀代の軍師。名は
彼が書いた書物が『孫子の兵法』。それを私は読んだことがある。
いや、毎日毎日紙が擦れるほど読み続けてきた。
いつしか私はそれを忘れていた。
気がついたときはまだ幼く、母とともにブノワ町で暮らしていた。
父は私が生まれる前に異民族との戦いで死んだという。
そして母も三年前に亡くなっている。
だからか、この世界で私ラクタルを知る人は数少ない。
でも私は──本当の私は、テツカ。コオロキ・テツカ。
日本で暮らしていた普通の女子高校生だ。
いや、女子高校生だった。
なぜ日本の女子高校生がこんな電車も自動車もないような
そもそもここは地球上なのだろうか。
セマティク帝国なんて世界史のどこをひっくり返しても出てきやしない国の名前だ。
しかもその周辺には異民族が多数暮らしており、セマティク帝国を日々脅かしている。
私はラクタル。でも本当の私はテツカ。
でもすでにこの世界ではこの歳までラクタルとして暮らしてきた。
だからこの世界での私の名前はラクタルだ。
今からテツカと名乗っても、誰も真に受けてはくれないだろう。
たとえ私を知る人が少なかったとしてもだ。
『孫子の兵法』をどこまで思い出したのか、さっそく試してみよう。
「孫子曰く、兵は国の大事なり。死生の地、存亡の道、察せざるべからざるなり」
『孫子の兵法』の最初の一節をそらんじた。憶えている。私は『孫子の兵法』をしっかりと憶えているのだ。
私の世界で歴史上最も優れた軍師だった孫武の言葉を、三万人で中原に覇を唱えた人物の言葉を、私はゆっくりと思い出している。
だから私はコオロキ・テツカで間違いない。
今までの私ラクタルは、テツカの記憶を思い出さなかった。
何者かによって封印されていたかのように、なにか蓋をされていたかのように。
ここまで膨大な知識をこれまでいっさい思い出せなかったのはあまりにも変である。
誰かの作為を感じざるをえないが、そんなことを今考えていても意味はない。
この戦乱の世に生まれ変わったのであれば、私がするべきことはただひとつ。
大陸を統一して戦のない世の中を築きあげることだ。
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